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こんにちは、いつも拝見して励まされています。
誰かに聞いていただきたくて、初めて投稿します。
私は高齢で不妊治療をしています。
4月に体外受精4回目で、やっとやっとの陽性判定をもらって、
6wで心拍も確認できて、ほんとうに夢のようでした。
ところが7wの診察で心拍が遅くなっていると言われて、不安で不
安で、でも赤ちゃんも頑張ってるんだからしっかりしなきゃと思え
ば思うほど涙が止まらなくって。
そんな時、母(実母)から私の体調を心配してた電話がありまし
た。
その状況を説明した母からでた言葉は
「はあー、そうなん。そらもうあかんな。」
「あんた流産する人は何回も流産するねんで。」
「普通に産むん違うからなあ。」
でした。もともと母は、相手の気持ちは考えずに思いついたことを
ペラペラ話す人なので、慣れてはいるんですがさすがに「普通じゃ
ない」と言われ、ものすごく悲しくなってしまい電話口で号泣しま
した。
すると「あー、泣かせてしまったかあ。私がいろいろ言うと泣かせ
てしまうな。つい自分の事のように思って・・・」
と言い訳してました。
「自分の事のように思って」???ほんとに自分の事のように思っ
ていたら、さらに不安のどん底に突き落とすような事ばかり言うで
しょうか?長い治療の末やっと授かった赤ちゃんに「普通じゃな
い」なんて言うでしょうか?
私が体外受精に挑戦することを伝えたときも、母は
「試験管ベイビーか?」
と差別的な言葉を投げてきました。その時は、知識がないんだから
しょうがないと思って、治療の方法を説明しました。
母も初めての赤ちゃんを死産していて、その話を聞いたとき私は
その産まれてこれなかった赤ちゃんが可哀想で
「その子もいたら良かったのにね」
と言いました。すると母は小学生だった私に
「その子がいたらあんたなんかおらへんわ」
と、何食わぬ顔で言ってのけました。
正直、傷つきました。愛されてないのかなと思いました。
普段は忘れていますが、何かあると思い出してしまいつらくなりま
す。
結局、赤ちゃんはだめでした。手術することになりました。
その後、母がメールで謝ってきて、どうなったか教えてというので
「赤ちゃんは死にました。しばらく誰とも話したくないので、そっ
としておいてください。」
と返事しました。
赤ちゃんを失って、あまりにも大きな喪失感に、気が狂いそうにつ
らい今、また母から無神経な言葉をかけられたりしたら、ベランダ
から飛び降りたくなると思ったからです。
それから一週間母からはなんの連絡もありません。
今後、母とどう付き合っていけばいいのか分かりません。
主人の転勤で実家と離れているので、お盆とお正月くらいしか会う
ことはないのですが、今はそれすらしたくありません。
可愛がってもらった記憶がないわけではないんです。人並み以上に
してもらってることもあります。
でもこれ以上、私には何を言ってもいい、何をしても許されるとい
う態度には耐えられません。
もう付き合いたくないんです。
親に対して、こんな事を思うなんて罰当たりですね。
できれば、思いやりあう親子関係を持ちたいです。でも無理だとし
か思えません。
とりとめもない事を長々とすみません。
誰かに聞いて欲しかったんです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
- 親の思いと言葉 - ひままま - 2007年05月31日 00:52:44
- さらに・・・ - ろんろん - 2007年05月29日 20:35:59
- 距離をもっていいとおもいます。 - sachi - 2007年05月28日 21:11:46
- 自分に子供が出来ても、なかなか母には感謝できません。 - うーぱー - 2007年05月28日 16:50:45
- 母にはいえないこともある - まいさ - 2007年05月28日 11:28:42
- 逆の立場になって身につまされました。 - 未久 - 2007年05月28日 10:51:48
- ほんとうにありがとうございます。 - ろんろん - 2007年05月27日 00:15:43
- 生きてきた時代 - ゆうこママ - 2007年05月26日 23:35:14
- お母様の気持ち - ディル - 2007年05月26日 22:00:16
- なぜそんなことがいえるんでしょうね。 - まろじじ - 2007年05月26日 13:24:05
- 時間をかけて - ふーみん - 2007年05月26日 02:01:51
- お母さまが抱えている問題もあるのでは? - musokoroba - 2007年05月26日 00:29:00
- 育った環境の違い - マンゴぷりん - 2007年05月25日 23:49:20
- 距離を置いていいと思います - いくみ - 2007年05月25日 21:02:43
- 気持ちわかります - 亜麻仁油 - 2007年05月25日 20:46:54
- わかります - くまごよみ - 2007年05月25日 18:18:59
- 早く氷が溶けるといいですね。 - ばくれつさん - 2007年05月25日 17:54:43
- 不妊治療は。 - カボチャ - 2007年05月25日 17:40:14
- 母のことは悩みの種でした。 - にゃご - 2007年05月25日 16:23:29
その後もコメント頂いてありがとうございます。
また、じっくりひとつひとつ読ませて頂きました。
さらに考える物がありました。私の両親は70歳を超えてるんです
が、両親が「死ぬ」という事を身近なこととして考えてませんでし
た。そうですね、いつかたぶん私より先に死んでしまうんですね。
そんなことを考えていると、子供の時お雛様の日に「お雛様プ
リンやよ〜」と嬉しそうに手作りプリンを冷蔵庫から出してきてく
れたことや、私の結婚式のときにすごくしょんぼりしてたことなん
かを思い出しました。
母は、がさつな性格で、思ったことをなんでも口に出してしまい、
かなり自己中で、正直付き合いにくい人です。
母の言動で今までたくさん傷付きました。
でも、たくさんの愛情ももらってました。
やっぱり母とは少し距離が必要だと思います。
でも、愛情は忘れないで付き合っていきます。
私が大人になれるように努力してみます。
心配してるのに、拒否するようなメールをしてしまいました。
電話してみようかな。
私は高校をでてからずっと母とは離れて暮らしています。
距離感があると大切に思うのに親も私のことを愛しているのをすごく感じるのに里帰りで帰るといがみ合うことばかりです。
遠慮がない、というところにも問題があるのですがやはり親には自分の想像する“いいお母さん”を望んでしまうのでしょうね。
自分の想像していたお母さんではない暴言が出たり人間関係の悩みなんか聞いたりすると悲しくなります。
でもあちらさんはあちらさんで私にいい娘を期待していてそれにそぐわないわけですから。
母はきっと娘のことを母が一番大事で優しい娘であることを願っているんだと思います。
母に人生コントロールされてたまるか、と思って生きてきた私には早く自立したかったし母のようには生きない、と決めていました。
ろんろんさんがおっしゃるように母と娘でありながら人格は別のものです。
年をとったからといって娘を全て包み込む人格になれることもない。 お母さんもろんろんさんに甘えたいんじゃあないでしょうか。母と子という関係にとらわれず人と人として心が通い合うといいですね。ろんろんさんを育ててくれた人です。
お母さんだってまだ成長中なんですよ、きっと。
気持ちが落ち着いたら距離をもってまた仲良くしてください。
こんにちは。
もう〆てしまった後でしょうか、私も同じように母の言葉にずっと傷つけられてきたので、つい発言してしまいました。
今も昔も一番気を遣う人は実の母です。
母の機嫌を損ねないようにと、一言一言気をつけて喋ります。
母は自分の固定観念を持っていて、それにそぐわない人は、全て常識のない人扱いです。
自分が一番に大切にされていないと気がすまない人です。
私は結婚7年目でやっとのことで、女の子を授かること出来ました。今、2歳です。
子供を持ってみてもどうしても母に感謝する気にはなれません。
逆に、持ってなおさら、母の言動は理解できません。
母はよく、「親子なんだから」という言葉を使います。
親子なんだから喧嘩しても大丈夫、親子なんだから分かるはず、親子なんだから離れられない、親子なんだから。。。。
その言葉を聴くたびに吐き気がします。
親子だから何なのでしょう。母は、自分が苦労して育ててきた。娘を大切にしている。だから、娘にも尊敬されて慕われるのが当たり前だと思っています。
私は小学生のころから母の機嫌を損ねるのが怖くて、「洋服が欲しい」「お弁当をどうして欲しい」などの要求は一言も言えませんでした。決して、お金に余裕がない家庭ではなかったのですが、母は自分はしっかりやっていると思い込んでいて、娘の普段着があまりないことやお弁当がいつも茶色一色だったことなどはまったく気づいていませんでした。
子供を持った今、私は子供が欲しくて、私が勝手に産んだんだから、責任もって育てるのが当たり前だと思っています。いくら子育てが大変でも、それは娘のせいでもなんでもないのです。それを娘に恩に着せる気はまったくありません。
もしかしたら、これからたくさん辛いことが待っている世の中に産んでしまったことを申し訳なく思うことはあっても。
最近は、がんばって割り切るようにしています。この人には私の気持ちは分からない。分かってもらおうとしない。私のどうしても譲れないものは譲らない。母が機嫌をそこねても、気にしない。
そう心がけているけれど、難しいですね。
つい、分かってもらおうとしてしまう自分がやはり親離れしていないのでしょうか?
自分の愚痴になってしまって、ぜんぜん何の役にも立っていませんが、母との関係を打開しようともがいているお仲間が、もう一人いると思っていただけるとちょっと嬉しいです。
ろんろんさんは今とても傷ついているんですね。
そういうときはやさしい言葉がほしいですよね。
うちの母もやさしい言葉をかけてくれる人ではないので
お気持ちよくわかります。
小さい頃から母はとても厳しくて、
うちの母はどうして
友達のお母さんみたいにやさしい言葉をかけてくれないのだろう、
私は愛されてないんじゃないか、と思うことがよくありました。
私の母は昭和一桁生まれで、
この時代の女の人はきつい環境の中で育ったせいか
厳しい人が多いです。
母自身があまりやさしい言葉をかけられて育っていないためか
娘にもきつくなってしまうみたいです。
だから母に期待することはやめました。
その分、母に相談事とかあまりせず、
秘密にしたり事後承諾にすることも多いのですが、
それで母も少し寂しいことがあるみたいです。
でもそうしないと母の言葉で傷ついてしまうことが多いので・・・。
あと、従兄弟が体外受精で赤ちゃんをさずかったときに
(彼のお母さんが堂々と公表したので)
「試験管ベビーなんてよくやるなあ」と言ってましたよ。
私はうれしそうに「体外受精で授かった」と話した
彼のお母さんを尊敬しましたけど・・・。
ろんろんさん
初めまして。皆さんが沢山の励ましの言葉を送っている後ですが、
逆に一人娘の母の立場として、遅ればせながら出てきてしまいました。
確かにとっても辛い時に、気持ちを刺激される言葉は刃となって突き刺さりますよね。
お母様の言葉もお辛かったと思います。
でもお母様(その言葉の数々を読んでも)、とても悪気が合ったとは思えないんです。
心配しています。愛しています。何より自分が発した不用意な言葉にろんろんさんが
傷ついた事も分かって(気がつかない人だって多いです)心を痛めています。
言葉って難しいです。逆を言えば自分も思いがけず出てしまった言葉で不本意
ながら他者を傷つける事もあります。きっとお母様も頭を抱えていらっしゃる
事と思います。だからと言って我慢する事もないと思いますが、お母様も長年に
培って来た性格や口調がそんなに簡単には修正出来ないとも思います。
時々は「言葉」の裏の「気持」ちを読み取ってあげるのも、老いて行く母を
持つ、育ててもらった子供の役目としてはありかな、とも思いました。
ごめんなさいね。気持ちは良く分かるのです。
でも自身既に両親を亡くして、兄弟も夫もおらず、一人で娘を育てて
いると、喧嘩ばっかりしていら老父に、それでも生きて側にいて欲しかった
な〜と改めて肉親への恋慕を感じますし、また逆に自身が年老いて、
もし娘を不本意に言葉で傷つけてしまうこと、、、年齢差が45歳の
我々には特に絶対に無いとは言い切れないので、立場を変えて考えてみたとき、
こんな意見もお伝えしても良いかな?と思い思い切って書きました。
本当にひとつの意見として受け取って下さい。
嫌な思いをさせてしまったら、ごめんなさい。反論とか異論では全く
無い事をご理解して下さいね!
是非「良い距離感」を設けて、お母様と末永く良い関係を持たれます様に!
こんなに沢山のコメントをいただいてありがとうございます。
いただいたコメントを一つ一つ読ませていただいて、親子関係、特
に母と娘って複雑な関係なんだなと実感しました。
自分の事を振り返ってみると、私自身が母に対して求めてる距離が
とても近かった事に気づきました。
まさに「お母さんなんだから一番分かって欲しい」って思ってたん
ですね。でもそれは、甘えでしかなくて、母は別の人格なんだから
私の望むように理解してくれなくて、望む言葉をかけてくれなくて
も、母を恨むのは間違ってました。自分自身が親離れできてなかっ
たんです。
ただ、やっぱりああいう時に、ああいう事を言われるとやっぱり私
は傷付いてしまって、また母を恨んでしまいそうなので、これから
は「これは分からないだろうな」と予想されるデリケートな問題に
付いては、相談するのはやめようと思います。もういい歳です、自
分で乗り越えるのが当たり前でした。
昨日から母から何回も電話があったんですが、まだ心の整理が
付いていなくて出てなかったんです。
母は心配してくれてて、でもまだお腹に赤ちゃんもいるままで、
話ができるほど落ち着いてもいないので、メールをしました。
「大丈夫です。もう少しそっとしておいてください」
今は、これがやっとですが、時間と共に試行錯誤しながら母との関
係を作って行きたいと思います。
たくさんの優しい言葉ありがとうございました。
心に染みて涙がでました。
皆さんのお幸せをお祈りしています。
私の母も関西出身で、ろんろんさんのお母さんの口調とか、雰囲気
がだいたい想像できます。高齢出産の娘を持つお母さんならば70
代でしょうか?
私は、お母さんの弁護をしたいのです。母の世代の人達が子供を産
む頃は、育たない赤ん坊がいっぱいいて、皆必死に生きていて、流
産しても、今みたいに落ち込んでる余裕もなかったと思います。
それこそ、流産した自分に周りの人が発した言葉で傷ついたなんて
怒ってたらやっていけなかったでしょう。
お母さんが体調を心配して電話をくれたってわかっているんでしょ
う?気に入らない言葉だけつまみ出して腹をたてないで、あなたも
少しお母さんに優しい気持ちを持つべきだと私は思いました。
いつかお子さんが無事生まれて、子供を育てる大変さを味わって
ろんろんさんがお母さんに感謝する日がくるといいなぁ。
ろんろんさんの気持ち、よくわかります。
私も母と何か話をするごとに、必ずといっていいほど、気が滅入ってしまいます。
しかし、これもまた、ろんろんさんと同様ですが、幼い頃は、かばってもらったし、人並み以上にしてもらったこともあります。
だからこそ、これからは私が母のためにと、がんばって話相手になろうとします。しかし、やはり母は、必ず何か一言、ひどいことを言い放ちます。
それで、結局しばらくの間、私は気が滅入ってしまい、涙ながらに家事をやっていたりします。ほんとに絶縁したいと思ったりもします。そんなことの繰り返しです。
ただ、毎日のことではありませんし、今はまだ、気持ちに余裕があるから、こんなことを繰り返していけるのだと思います。
それに母のどんな言葉に傷ついているのかを伝えれば、母もわかってくれるようです。
気持ちを伝えた後、しばらくしてから電話で話すと、母はぎこちなく気を使っていて、それが少しおかしく、力が抜けます。それで私も、母の努力に感謝しつつ、多少のことは気にしないようにします。少しずつではありますが、話はしやすくなっています。
けれど、ろんろんさんのように気持ちがデリケートなときには、できれば離れていたいと思い、連絡はとらないようにしていますよ。
私の母の場合は、他の人にも無神経なことを言っています。
傍からみていて思うのですが、決して悪気はなく、むしろ相手を励まそうとしているのが、裏目にでている感じです。
ろんろんさんのお話のなかでも、お母様の言葉ひとつひとつはドキッとさせられますが、「気持ちを強くもって!」と言いたかったようにも感じられました。流産を経験されているお母様なら、ろんろんさんの気持ちがわからないはずはないとも思います。
お母様が反省されていらっしゃるなら、これから少しづつでもろんろんさんの気持ちに近づいてきてくれると思います。
お母様と思いやりあう親子関係をもちたいと願うなら、決してムリとあきらめずに、ろんろんさんの気持ちに余裕があるときには、お母様によりそってくださいね。
ろんろんさん、いつまでもお母様のことは気がかりでしょう。きっと同じように、お母様もろんろんさんのこと大事な娘と思っていますから。
ろんろんさん、とってもおつらかったでしょうね。
うちの母と似ています。読んでいると、人事と思えず腹が立ち悲しくなってきました。
うちの母も同じ状況では同じことを言うような気がします。だから、絶対に自分が傷つきたくないので母にこういったことは話さないと思います。別に母に話したくもないですし、理解してくれない人に言っても仕方がない。
私も母にはいろいろしてもらってきていますので、その部分は感謝しないといけないと思っていますが、人間的に問題がある言動がある場合、それとこれとは別です。
私は絶対に母のような母親にはならないようにしようと思っています。
ろんろんさん、今はおつらい気持ちでいっぱいでしょう。焦らず、無理をせず、自分を保つことが第一です。
さて、母との確執、私にもありました。うちは両親が不仲で、でも離婚もせず、父からは母の悪口を母からは父の悪口をきいて育ちました。そのせいか、男女関係というものに根強い不信感を長いこと持ち、失敗も数多くしてきました。
ようやく巡り合った人との間に、子供ができ、来月出産を控えていて思うのですが、両親も親とは言えども一人の人間、それぞれに抱える問題があって、それに必死だったんだなぁということです。
母だって、今から約40年前10才年下の父との間に私を高齢で授かったときに戸惑いもあったでしょう。堕ろすこともできたと思うし、育児放棄することもできたと思います。夫婦関係が破綻してギリギリの精神状態だったとき(私は中学生でした)「あんたさえ、いなければ」と言われひどく傷ついたこともありました。
子供が憎いと思う親はそうそういないと思います。年を重ねても自分の抱えている問題と向き合い乗り越えることなく、心が迷子になっている(かわいそうな)人も沢山います。
親の心、子知らずじゃないですが、妊娠期間中にも色々な葛藤があります。実際に肉体的な危機も精神的な危機も。それを経て、お腹を痛めて身を裂いて産み、(どういう形であれ)育ててくれた我が子から、たとえば、ろんろんさんが、将来、縁を切られたら、どんな気持ちでしょう?
偉そうなことを言っている私も、あまり近づきすぎると棘がある態度をとってしまうので、今は適度に距離をおいて付き合っています。でも、今までと違うのは恨みの気持ちはゆっくり溶けはじめ、感謝の気持ちを持つようになったことです。
自分の親との間の宿題は、自分の子供との間に持ち越されることが多いように最近のおかしな事件を見聞きするたびに思います。
どうか、ゆっくりと、優しい気持ちを持っていただけたらと願ってます。
ろんろんさん、こんばんは。
もし、何かの参考になればと思い、「怒りのダンス」(ハリエット・レーナー著)という本をお薦めします。(もうご存じでしたらすみません)
お母さまが実の娘に対してそのような態度をとる、ということの裏には、実はお母さまとお母さまのお母さま(や、もしくは兄弟姉妹、叔父叔母など)との関係における問題が現れているのかもしれません。
お母さまの流産に対してろんろんさんがおっしゃった「その子もいれば良かったのにね」という言葉に、実はお母さまは傷付いていた、ということも考えられます。
流産ということに対して非常に罪悪感を感じていて、ろんろんさんに責められているように感じたのかもしれません。
お母さまご自身が、実は何度も流産を経験されているのかもしれません。
その時の自分を責めるように(またはその時家族の誰かが自分を責めたように)、ろんろんさんに冷たい言葉を浴びせてしまったのかも…。
これは全部想像です。失礼があったらごめんなさい。
ただ、いろんな可能性があるということが言いたかったのです。
お母さまとろんろんさんとの関係を、より大きな広がりの中でとらえなおすと、見えなかったことが見えてきて、本当の問題点がはっきりする、ということがあるようです。
冒頭に推薦した著書にはその辺りのことが事例を挙げて書かれており、家族関係を修復する手がかりがつかめるのではないかと思います。私はとても参考になりました(同じ著者の「親密さのダンス」というのも読みたいと思っているのですが、残念ながら現在手に入りません)。
親密な関係において行き詰まりがある場合、本当の問題点はどこにあるのかを見極めるのが重要で、それがなされないと、どんなに悩んでも考えても堂々回りに終わってしまいます。
距離をとっていれば目に見える形で問題が起こってくることはないでしょう。
けれども真の問題点を未解決のままにしておくと、それが家族の別の部分(自分と自分の子供の関係、などなど)に現れてくることも多いようです。
それになにより、やはり家族関係は暖かい方がいい、と思うのです。
ろんろんさんや、ほかに家族関係でお悩みのかたがたが、穏やかで暖かな関係を取り戻せますように。
ろんろんさん、こんにちは。
まず、「親だから一番にわかってほしい」と思うのは、私の幻想でした。
私の親と私とは、育った環境や時代背景が全く違います。
私にとって当たり前のことでも、彼らにとっては'理解不能'ということがよくあります。
(ほとんどです!)
前提として、「親子でも、別の人間。互いに分かり合う必要はないのだ」と割り切ることが出来れば、
ろんろんさんの今のお気持ちは軽くなると思います。
私は今、理由あって両親と暮らしていますが、テーブルマナーから始まって、「品がないな〜。くだらないことにこだわるな〜」と、思想や日々の生活の相違点を思うことがよくありますが、「彼らはそういう教育を親(私の祖父母達)から受けてない人たちなんだ。」と思っています。
またその祖父母もその両親から、そのように育てられてないのだと...。
だから、「私にとって無理解な彼らだけを責めることは出来ない」と。
私もそのような社会教育を父母から受けてはいませんが、社会人になって色んな世界を見てきて、自分なりに学びました。
父母には、時代的にも、私のように色んな世界を見て勉強する機会がありませんでした。また、彼らにそのような思いもありませんでした。
だた、それだけの違いです。価値観の違い、育った環境の違いです。
また反面、「親(子)だから、子供(親)がなにかしなければならない」ということもないと思います。
要はたとえ親子であっても他人であっても、お互いに人間として愛し愛され、いつくしむことができる相手かどうか、その人間性によると思います。
ろんろんさんへ
私も実母とは、うまくやれません。
親とうまくやれないと、罪悪感を持っちゃいますよね。
どんなに誰かに認められても、どんなに誰かを尊敬できても、
親との信頼関係が薄かったり、
親から愛されていると実感できないと、
自分がとても愚かしく思える。
私も、そんな自分との戦いでした。
親とうまくやれない自分を受け入れるのは難しいですが、
私は少しずつ、受け入れて、親と距離を持ってもいいんだと、
むしろ、距離を持つ事が、
私にとっての、親への最後の愛情なんだと、思う様になりました。
こんな親子関係は、傍から見れば、哀しく空しいのかもしれない。
でも、親をやはり、どこかで求めているからこそ、
私がたどり着いた1つの形です。
きっと今は苦しみの最中だと思います。
うまい言葉が見つけられませんが、
どうかあなたに、穏やかな光に包まれる日が訪れます様に、
祈ります。
今、同じような状況にあります。
体外を始めたばかりで、まだどうなるかわかりませんが、一般的に言って、そんなに簡単に成功してしまうほうが珍しいのではないでしょうか?私はそう覚悟しています。
周りの人との関係は難しいですね。どうしても自分も神経質になってるし、ちょっとしたことで苛立つこともあると思います。
お母さんくらいの年代(生殖医療に無縁な世代)だと、なおさら理解も難しいのではと思います。私も自分の母に話はしていますが、本当にはわかっていないんだろうな、と思います。なんともしょうがないことですが、高齢で子を授かること、そして体外受精も、とても大変な、難しいものであることをよく話してわかってもらう、でもそんなことする気にもなれないうちは、無理しないでしばらく距離を置いていたら良いと思います。いずれわかってもらえる時は来るのではないか、と思います。
ろんろんさま
はじめまして。今回のことは残念でしたね。
私は42歳、治療の末、同じ経験をしています。
そして、ろんろんさまのお母様と同じ口調で同じことを言われました。
いわゆる関西のオカンです。
もう一年、口をきいていません。
長い体外受精もまず、「費用は旦那が出すんやろうな?」で始まり・・・・・もうここには書けないほど強烈でした。
みんなそうとは言いませんが、東京に住んでいて思ったのは、関西のほうでは、親子関係が濃いかなあというのが実感です。
自分の娘だから、親子だから、何を言ってもいい、あと、水くさくなく、思ったことを言ってこそ親子みたいな・・・
小さい頃から、母の言葉には深く傷ついてきましたが、自分は気をつけて話すようになったのは、良かったと思っています。
私は、脱していないので何もアドバイス出来ませんが、しばらく距離をおいても良いかと思います。
親不孝だとは思います。若い訳でもなし・・・もっと大人にならなきゃ・・死んでからでは孝行できないし・・・とずっと我慢していたけど、それも自分が元気でいてこそ。
また、治療再開して、無事に安定期を迎えたら、知らせるから、ほっといてや。もありだと思います。
これが義理の母なら、誰かに話してすっきり出来たり、諦めてつきあえても、実の母だからこその何とも言えない根深いつらさがありますよね。
連絡とらなくなると、自然と、母の面倒見の良かったところなど、美点を思い出して、落ち着いてきますよ。
こちらには、お母様を亡くされている方々もたくさんいらっしゃると思いますので、なんと贅沢なことを、と思われると思います。
母も生きていてこそ、会話できるんですものね。
それを忘れなければ、必ずまた、仲良しになれるって自分にも言い聞かせ、しばし休憩です。
またお話しましょうね。
ワタシが最初に妊娠したのは、結婚式の2ヶ月前でした。(ちなみに入籍も同居もすでにしていました)
子供が欲しくて結婚したので、式や旅行に対して不安があったけど妊娠はとっても嬉しくて、
たまたま判明した次の日に電話をしてきた母に即刻報告しました。
それに対しての母の反応は「…はあ、そうか」って感じで、ちっとも喜んではくれませんでした。
その反応にワタシは大いに傷ついたものです。
ワタシには妹がいるのですが、いわゆる「でき婚」で、
最初に「できちゃった」ことを聞いた時、母はショックだったそうです。
でも、相手方のお母さんが「こういう形で結婚することになって、娘さんを持ったお母さんにこんなことを言うのは失礼かもしれないのだけど、ワタシは孫ができたって聞いて、ホントに嬉しかったの」とおっしゃったそうで、
うちの母はその言葉を聞いて、一番に妹の妊娠を喜んでやらなかった自分を悔いたそうです。
その話を以前に聞いていたので、結局この人はワタシの時も喜んでくれないんだな…と母に対して不信感でいっぱいになりました。
その数日後、母は突然家を訪れて、そして言いました。
「妹のお姑さんのこと、改めて思い出して、あんたにまず一番に”おめでとう”って言わなかったこと、悪かったって思ったわ」
人はとっさのひと言がうまく言えなくて、相手を傷つけてしまうことが往々にしてあるものです。
きっとろんろんさんのお母様も今頃後悔してらっしゃるのでは…?
今は悲しみのあまり、ろんろんさんもお母様を受け入れることはできないでしょうし、それでいいと思います。
もう少し落ち着いたら、そしてお母様が誠実にあなたに向き合ってくだされば、きっと仲直りできるだろうし、より深い絆を結べるかもしれません。
その日が来ることを祈っています。
ちなみに、その時の妊娠は8週を迎える前に終わってしまいました。
その2年後、3度目の妊娠でようやく我が子をこの手に抱くことができましたが、最初の子が生まれていたら、今やんちゃ盛りの長男はこの世にはいなかったと思います。
お母様の言葉、そういう意味ではないかな?と思いますよ。
こんにちは。つらい経験をされながらいろいろとつらいですね。
不妊治療の末、さずかったということがどれだけ大変だったかということは、正直言って肉親であっても理解してもらうのは、難しいと思っています。
この世の中で理解してもらえるのは、やはり何年も何年も子供が欲しくて、苦労して苦労して・・といった人だけではないでしょうか。私の友達で一時不妊治療していた人がいます。その人は本当に短い期間で治療を止め夫婦2人の生活を決めました。その人に今の私の不妊にまつわるつらさを言ってもなかなか理解してもらえません。不妊治療の経験ある人でさえも、そうです。「今、もしその年齢で妊娠して本当にうれしい?」って言われました。やはり子供が欲しいと思う気持ちの強さ加減は人それぞれだと思い知らされました。
他人ならつきあいを止める事もできますが、肉親となると別ですよね。親子はなかなか難しい・・。
つらく大変な時期に言われた親の言葉を許せないというろんろんさんの気持ちは、わかります。私も同じ立場だったら、同じように感じたと思います。でもやっぱり親子・・。普段からろんろんさんは、治療のこと等お母さんにいろいろお話をされていたと思いますが、今後はちょっと少なめに、ふれて欲しくない話題はしない等、距離をおかれたらいかがですか。お母さんも随分と反省されていると思います。時間をおいて出来るだけわだかまりがなくなるといいですね。そうなってほしいなぁと思っています。
こんにちは。どんなにかおつらいことでしょう。
どうぞ今は、心静かに休んでくださいね。
私は物心つくころから、母の言動には悩まされてきました。愛されていないのだろうと諦めてもいた幼少時でもありました。
第一子妊娠中に、切迫流産で臥せっていましたら、
「なんで避妊しなかったんだ!」と怒ったり、「こりゃだめだ。どうせ流れるよー」と楽しそうに言われたりしたものでした。
最近、「アスペルガー症候群」について勉強していましたら、正に母に当てはまることに気付き、腑に落ちました。
ようやく納得できたから友好状態が保てるかというとそうではなく、絶縁(義絶)しています。
これ以上、傷つけられるのが怖いので。
本当は、うまくやっていきたかった。老後の面倒もみようと思っていたし、そういう話もしていたのですが、こちらの思いが伝わることはありませんでした。
もっとうまい解決方法があるのかもしれません。一生、それを探しつづけつつ、このまま絶縁で終わるのでしょう。苦しんで終えるのもまた人生だなー、なんて、思っています。
変えられることと、そうでないこと。ひとそれぞれですね。
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41歳体外受精で妊娠、42歳で出産しました。
いろいろ迷った挙句、出生前診断のたぐいは一切せずに出産を迎えました。
私自身は「どんな障害を持った子でも育ててみせる」という意気込みがありました。
とはいえ、出産直前、つい「何か障害があったら、どうしよう」と母の前で弱音を吐いてしまいました。
すると、母はこともあろうに「始末してくれる病院あるらしいよ」と言い放ったのです。
血の気が引きました。
なんということを言うのだろうと、耳を疑いました。
出産後、とある新聞の記事で、母の発言が特異なものではなかったことを知りました。
「20年30年と一緒にいた娘が、まだ見ぬ孫に、その人生を振り回されることがないよう望む人は多い」と。
ドラマ仕立て風に分かりやすく言えば、母子ともに危険という場面で、夫が「妻だけでも助けて下さい」というようなもの・・・なのです。
言葉尻を捉えれば、許しがたいと思う人も多いでしょう。
けれど、その差別的な発言は、私のこと、私の今後の人生を思ったうえでの発言でした。
私自身は、本気で「障害と向き合える」と信じていましたが、所詮机上の空論のように、実感を伴ったものでないことは事実です。
逆に母は、私にいかなる負担・犠牲(?)もないように、平凡で良いから何か負担を背負うことのないように・・・という思いから発した言葉だったようでした。
なぜなら、私の母は、自分自身の遺伝的要因(足に若干の障害があります)に悩み、お百度参りまでしていました。それを知った時、改めて母の無上の愛を知りました。
「言葉」だけを取り上げれば、私は同じ不妊治療をしていた友達からの言葉が苦しかったです。
治療中励まし合っていた彼女は、運良く自然妊娠をしました。
直後から「ひまままも“絶対”大丈夫だよ!」「“絶対”できるからね!」という励ましの言葉でした。
身体そのものも違う、治療法も違うのに、なぜ“絶対”という言葉を使えるのか・・・。悶々としていた私には辛すぎるエールでした。ちなみに、私の出産当日には「産まれた?私は第2子を計画中。ひまままは2人目を考えてる?」というメールまで貰いました。もし、私が奇跡のように我が子を授かっていなかったら、絶縁していたかも知れません。
ろんろんさんのお母様への複雑な思いも、よくわかります。
でも、単なる空虚な励ましも、人を傷つけることがあるということ・・・分かりますよね。
私は、治療を続けている友人たちに「絶対」という言葉は使いません。
その言葉を、心強い励ましと受け取る人も多いでしょうが、私にはプレッシャーであったことが忘れられないからです。