| 教えて!上田さん5
電磁波は子どもたちへどんな影響を与えるのか? WHO『電磁波プロジェクト』ワークショップ レポート
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2004年夏、上田さんはイスタンブールで開催されたWHOの「電磁波プロジェクト」主催のワークショップに参加しました。テーマは「子どもの電磁波感受性」。今回は、その時のお話を交えながら、電磁波問題の最新情報を紹介します。
今回、WHOの電磁波プロジェクトのワークショップに初めて参加されたということですが、これはどういった会議なのですか?
WHOでは1980年代から電磁波に関する研究のレビュー(動向調査やまとめ)を行っていたのですが、近年、電磁波健康影響問題がクローズアップされてきたことから、新しいクライテリア(健康リスクの評価と対策の指針)を作成する必要性があると判断したのです。
そこで、1996年に発足させたのが『電磁波プロジェクト』です。10年の期限付きでクライテリアを作成し、遅くとも2006年には発行することになっています。各国の研究者、政府関係者が電磁波に関する研究を発表しあい、今後の電磁波対策の方向性を討論するためのワークショップなのです」
WHOの『クライテリア』が発表されたら、各国はそれに即した電磁波に対する規制を設けることになるのでしょうか?
「WHOの勧告は規制値を定めるものではなくて、各国が政策として規制を定める際の判断の拠り所、指針となるものなのです。予防原則に対しても各国の政府に対して活用を先導するより、考え方を提示する、というスタンスですね。
ワークショップで発表された研究に対する再検証も行いません。WHO自体は研究部署を持っていませんから。ですから健康影響の評価基準や規制値を作ることは、他の国際機関に委ねています。ひとつは『国際非電離放射線防護委員会(ICNRB)』。これは電磁波の人体防護ガイドラインや規制値をつくって勧告する機関です。
もうひとつは『国際がん研究機関(IARC)』。物質や因子ごとに発がんに関する世界中の研究結果を収集し、評価して、モノグラフ(評価結果をとりまとめたもの)を発行している機関です。ここは低周波磁界に対して【発がんの可能性あり】とランク付けしています。WHOはこの二つの機関に電磁波健康影響の科学的判断を依託しているというわけです」
WHOとその二つ、合わせて3つの国際機関の総意で何らかの結論が得られるわけですね。
「それが微妙に違うところがあって、IARCが定めたランクを、そのままICNRBが受け入れる、というわけではないのです。問題を示唆しているのが今のところ疫学データだけで、科学的には解明されていないという点があるので、なかなか意見のまとまりがつかない部分があるようです。
また、2004年の10月に、WHOは『公衆の健康を守るための予防原則の枠組み』という文書の草案を出しましたが、その中で低周波に対して各国の政府の対策法に関する考え方を打ち出しています。しかしその中身は、私たちはとても受け入れられない内容でした。簡単に言うと『電磁波対策は各国内での社会的コストとのバランスを考えて行うべき。非常に低コストで抑えられる場合を除いて特別な手段をとることが正当化されるとは思わない』と結論づけている。
そう言ってしまうと、結局は何もしないということにつながりかねません。実際の社会的なコストの試算もせずにそう結論づけてしまっているというのは納得がいきません。この件に関しては、批判のコメントをWHOに送っています。
ただし、国単位ではできないことをWHOはやっています。国際的にいろんな研究を集めてどんどん議論をさせている。その先導をしているという点では評価しています」
WHOのかけ声で、世界中から科学者が集まってくるのですね。
「今回は大体100名ほどの参加者でしたね。その内、ゲストスピーカー(研究報告者)が25名で、一人あたり30分ほどの発表を行いました。
欧米の方がほとんどを占めていて、アジアからの参加者は日本と台湾など全部合わせても10名もいなかったと思います。日本は私を含めて4名だけ。とても少ないと感じました」
電磁波問題に対する関心や予防原則の考え方が、日本ではまだ広まっていないことがわかりますね。
発表はどういった研究内容が発表されたのですか?
「今回、盛んに議論されたポイントは2つあります。ひとつは電磁波に関する子どもの感受性、ぜい弱性をもとに健康リスクをとらえなおす枠組みをつくる必要があるということ。これはとても難しいことなのです。胚、胎児、新生児、幼児にわたっての各段階を検討しなければいけませんから。今まで行われてきた化学物質に対する感受性の研究を足掛かりに、電磁波感受性の研究は始まったばかりです。
もうひとつのポイントとしてあげられたのは、被曝量の計量の問題をちゃんとみていかないといけないという点。つまり、子どもが電磁波を被曝する場合の被曝の度合いと、大人の場合はかなり違うわけです。それは大人と違う身体のサイズ、行動パターン、生活環境などが関係しています。脳を例にあげてもっと詳しく言えば、子どもの頭蓋骨の厚さや含水量は大人とは当然違う。また、身体のなかには微弱な電流が形成されますがそれも大人と子どもは違う。これらの条件が関係して、場合によっては大人よりも大きな体内電流が発生することがあるのです」
子どもと大人の電磁波に対する感受性の違いは、単純に身体の大きさが違うからではないのですね。
「大人をそのまま縮めれば子どもになるわけではありませんからね。そういった子どもの電磁波に対する感受性という点で一番注目されるのが小児白血病でしょう」
IARCが極低周磁場の曝露は【発がんの可能性あり】とランク付けたのは、小児白血病のリスクを増加させるということが疫学調査でわかったからでしたね。
「電磁波と健康被害に関する問題で、ある程度はっきりと見えてきたのはこの小児白血病だけですね。今は多くの研究者達が、発症のメカニズムについて関心を寄せています。今回の会議でもいくつかの仮説が出ていました。メラトニンの分泌障害が影響しているのではないかということ。また、遺伝的な素因と電磁波の曝露が重なった時に発症するのでは、という見方もありました」
電磁波が遺伝子の発がんのスイッチを押してしまう可能性があるとは!
仮説とは言え本当だとしたら怖い話ですね。
「電磁波だけが影響しているとは言えませんが、実際に、がん患者の人数は年々増加傾向にあるのです。
最近公表された研究によると(『ランセット』364号2004年)、ヨーロッパでは、0才から19才のがんの統計データを分析すると、1970年代、80年代、90年代の10年ごとに区切って比較した場合、患者数が年間1%台で増加しています。15才から19才に限ってみると1.5%の増加です。
1%と聞くとたいしたことないという印象ですが、人数的にはかなり多いですよ。1970年代はがん患者の数が100万人中118人だったのが80年代には124人、90年代には139人に増えている」
ちょっと無気味なくらいの増え方ですね
「がんに関係するかどうかまだほとんど見えていないことのひとつに、携帯電話があります。
WHOのワークショップでもずいぶん話題にあがりました。明確な発症をしめすデータはないが、急激に広まり、今まで人が浴びたことのない高いレベルの高周波(マイクロ波)を常時浴びることになる。何らかの研究はしなくてはならない。
ヨーロッパの各国では国際共同研究プロジェクトとしていくつかの研究をしている。そのうちのひとつで気になるものが『インターフォン研究』という携帯電話と発がんの関係についての研究で、スウェーデンのカロリンスカ研究所からその最初の結果が発表されました。それによると、携帯電話の10年以上の使用者は耳の神経に良性のがんが発症するリスクが2倍以上になることがわかったとか。さらに、携帯電話を常に同じ側の耳にあてていた人の場合、発症リスクが4倍以上になるといいます。携帯電話電磁波に関する疫学データは今後続々と出てくるはずです」
子どもに携帯電話を持たせる親も最近は増えていますが…
考えを改める必要がありそうですね。
「子どもには携帯電話の使用を控えさせてほしい、という警告をイギリスの放射線防護委員会が最新の報告書の中で発していますね。先に述べた子どもの感受性・ぜい弱性を考慮して予防的な対応を勧告しているわけです。
報告書の作成の責任者は、新聞のインタビューに応じて、3〜7才の使用は『妥当ではない』、8〜14才は『保護者の判断にゆだねる』といいながらも、『使用する際はなるべく短時間に、できれば通話は控えてメールにするように』と勧めています」
身を守るための携帯電話が逆にあだになる可能性があるのですね。
「もうひとつ、携帯電話の心配事として、ここ2、3年で登場した『第3世代携帯』があります」
テレビ電話など、従来よりも情報量の多い通信が可能になるタイプのものですね。
「そうです。ご存知のように、携帯電話の電波は基地局を介してつながります。マンションやビルの屋上等に設置され、都心部では1.5キロから3キロに1本程度の割合で存在し、全国で7万基ほど立てられています。
第3世代携帯は情報量を多くするために周波数を従来よりも高く設定していますが、じつはオランダでの最近の研究によると、この第三世代携帯基地局の電波を実験的に浴びせたところ、頭痛・吐き気・ちくちくする痛みなどの反応が現れたのです」
その基地局が今、日本国内で急増中というわけですね。
「今現在、携帯電話事業者と住民との間の紛争が全国で数多く起きています。住民の合意なく、ある日突然アンテナがたつ、というケースがほとんどのようですからね。
今のところ、子どもが大人と比べて携帯電話の電磁波に対する感受性が高いことを示す決定的なデータはありません。しかし、不確定さを抱えているものの、子どもには感受性・ぜい弱性が著しくなる時期があるということが、他のいくつもの因子について明らかになってきていることを考えるなら、マイクロ波の被曝をできるだけ抑えるのが賢明でしょう。子どもに対して無制限には使わせない、という感覚は親なら必ず持っておかなければならないと思います」
携帯電話が子どもに対して何らかのリスクがある、ということはあまり日本では話題になりません。
そういった感覚を早く広めるためにもWHOには子どものための『クライテリア』を完成させて欲しいと思います。
Interview 専門家インタビュー4
齋藤 友博先生(国立成育医療センター 研究所成育疫学研究室 室長)
小児白血病と電磁波の関係