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掲載:2013年5月30日〜2013年10月31日
アンジェリーナの選択
 米女優のアンジェリーナ・ジョリーの、「予防的乳房切除手術」が話題になっています。母親が乳がんで56才で亡くなったことから遺伝子検査を受け、70歳までに乳がんを発症する確率が56-87%という診断結果が出たことから、予防的措置としての切除手術を受けました。それによって発症の可能性は5%未満に下がったといいます。

 報道によると、日本でも遺伝子検査による予防的手術は行われていて、現状では、片方の乳房ががんにかかった人が、予防的にもう一方を切除するケースなどが紹介されています。各メディアには、様々な反応が伝えられています。 アンジェリーナ同様に乳房切除を行った女性のコメントや、「(予防的治療法の)選択肢のひとつが増えた」という積極的なコメントがある一方で、「親ががんになったとしても、子どもが100%がんになるとは限らない」「遺伝子検査は不安をあおる『不安ビジネス』にもつながりかねない」(遺伝医学医師・朝日新聞)という慎重論などが紹介されています。

 このニュースの第一報を聞いたとき私は、がん治療への新たな選択への促進と同時に、「身体改造への道の開拓」という印象を受けました。アンジェリーナがハリウッド女優であるということが、こうした印象を色濃くしているのかもしれません。

 そもそも予防的乳房切除は、乳房再生手術という技術と一体になった選択肢です。女優として、スタイルに違和感の残らないボディを確保できる保障がなければ、切除はありえないのは当然のこと。もちろんアンジェリーナ自身が「選択は簡単ではなかった」とコメントしているように、大きな葛藤があったに違いありません。だからこそ、同様の境遇にある人々のために、新聞に寄稿したのでしょう。乳がん遺伝子を持った不安を抱えながら日々を過ごす選択と、積極的に医療技術で不安を取り除く選択を天秤にかければ、リスク管理として後者を選ぶことは真っ当なことのように思えます。
 ところで、その予防的治療に伴うリスクはないのでしょうか。たとえば、乳房再生技術が現在の最高水準を約束されたものであるとしても、10年後20年後、高齢になったときの身体と人工乳房との折り合いはつくのでしょうか。また、ひとつの病気を予防したとしても、将来的にすべての病気のリスクを免れるわけではありません。

 がんを予防することは、正しい道に違いないし、誰もが願うことです。けれど、がんの予防策は、先端的医療技術によってのみもたらされうるものではなく、これまでも「将来的発症への不安」を解消する策として、オルタネイティブな方法(たいていは地道な努力を伴う)が模索されてきました。とはいえ、予防的治療という選択肢が提示されることによって、それを選択したい人々は増えるでしょう。技術を売る人がいれば、買う人がいる。あるいは、ニーズが存在すれば、それに見合う技術が開発されるのが世の常ですから。
 私は一個人の「患者」の選択について何も言う立場にはありません。ここで言う「アンジェリーナの選択」の場合は、有名女優による世界的発信ですし、だからこそ人々の知るところとなり、議論にもなっているのです。

 この論点の半分は、がん患者の家族としての予防的治療という医学的選択問題であり、もう半分は、情報として流布されることによる社会への影響です。
 まずニュースで問題になっていたのは、こうした予防的治療が保険適用外の高額であることでした。医療費が負担できない人は予防的治療が難しく、格差が生じるというのです。けれどこうした予防的治療が保険の適用範囲内になり、誰にでも気軽にできるようになることが、よりよい社会デザインなのかという議論はなされていません。

 新しい技術を応用することは、勇気のいる選択だと言われていますが(少なくとも今回のケースは夫が「妻は英雄だ」とコメントしています)、そこにはいくつもの利害が潜んでいます。それは、患者としての個人的利害と、それを発表したことによる二次的な利害です。
 今回は、身体改造の道、すなわち身体が消費される対象であることが改めて提示されたと同時に、注目すべきは経済への影響です。このニュースは実際に、臨床検査会社の株に影響を及ぼしています。最新の医療技術と「消費者ニーズ」は、市場にいち早く反映するのです。

 そもそも医学の歴史は、医学技術によって病気を克服するという目的を掲げて、右肩上がりの「進歩」を象徴する領域として描かれてきました。けれど、そう言えばこの国は過去2年間、技術の進歩では抑制しきれない想定外の「自然」が存在し、さらにそうした技術の背景にはグローバルな経済がからんでいることが示されてきたような気が・・・。

「病気にならない」という夢のような身体を作ることが、あたかも進歩的未来を象徴するようなイメージに伝えられてしまうのは、さすが「見られる身体」を持つハリウッド女優ならではです。とにかくこの度も彼女は、女優として自身の社会的役割を十分に理解し、世間に出て話題を呼びました。やはりアンジーは、自らの役割を立派に遂行した、というわけですね。

アンジェリーナの選択、あなたはどう思いましたか?

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