掲載:2011年2月
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妊娠 --あなたの妊娠と出生前検査の経験をおしえてください
by きくちさかえ
医療人類学、社会学の研究者によってまとめられた「妊娠」当事者たちの声の数々。四六版650ページにもおよぶ分厚い本には、375人へのアンケートと26人のインタビュー調査で語られた「妊娠」の経験と、医療に対する思いがつづられている。
これまで当事者による当事者の声を集めた調査はあったが、これほど親密に当事者の言葉を聞き、分析した研究ははじめて。第三者的な研究者の視点だからこそ見えてくる女性たちの言葉には、当事者や医療者では見逃してしまいそうなあたりまえの日常や思いが含まれている。その言葉から、妊娠した女性たちは一様ではないことがわかる。
喜びをもって妊娠を迎えられる人ばかりではないし、出生前診断を受ける人、受けない人、そしてその理由もまたさまざまである。
この本のメインのテーマは、「出生前検査」の経験について。超音波検査で胎児がモニターに映し出されるようになり、妊婦とその家族にとって胎児は、日常的に映像や写真で見ることのできる存在となった。しかし、超音波検査の本来の目的は、胎児の記念写真ではなく、言うまでもなく胎児診断である。「目に見える存在」になったことによって、胎児もまた、母親とは独立した治療の対象として扱われるようになったのである。
出生前検査には、超音波検査とは別に「母体血清マーカー検査」「羊水検査」「絨毛検査」がある。出産が高齢化する中で、こうした出生前検査を受ける人も増えてきている。けれど、こうした検査で胎児の病気や障がいのすべてがわかるわけではなく、また病気や障がいがあるとわかっても、治療ができるものはその一部にしか過ぎないことは、あまり知られていない。
この調査は、女性たちがこうした出生前検査をどのように選んでいるのかを知ることを目的とされたものだが、著者たちは女性が自ら選んでいるように思いながらも、「本当に選んでいるのだろうか」と疑問を投げかける。それは、女性たちの言葉の中から、医療の提供者と受け手が率直に自分の思いを伝え、理解しあう機会が少ないことが浮かび上がってくるからだ。
高度な医療技術が存在しなかった時代とは異なり、技術がすでにある社会では、出生前検査を受けることはなんら不思議ではなくなっている。しかし、受けなかった人はその情報を提供されていないことも多く、医師によって情報提供をする、しないの差もある。
一方、出生前検査を受けるのは「医学的適応」として必要がある場合だけでなく、生まれる子どもが障がいを持っていたらどうなるのかという不安や、周囲の家族や医療者との関係性やまなざしも影響しているという。 女性たちは、検査を受けて胎児に異常が見つかったときにどう決断するのか迷うこともあるし、その決断や検査を受けたこと事態に罪悪感を抱くこともある。けれど、こうした事実があることは出生前検査を受ける前には伝えられないことが多い。
著者らは「胎児の状態を知ることができるようになったことが、妊婦の不安や悩みを軽減しているとは言えないのではないか。むしろ不安を掻き立てられるとも言える」と指摘する。医療技術が進んだ今だからこそ生じる新たな問題を知り、それをどう受け止めていくか、ヒトが「誕生する前の生」についてすべての人が考えていかなくてはならない時代になってきている。(きくちさかえ)
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