アットホームなクリニック
神奈川県の鎌倉や逗子にほど近い金沢区。周辺には小さな山が見え、海からのさわやかな風が心地いい地域です。池川クリニックは、アットホームな産婦人科医院。池川明院長を中心に、助産師、スタッフが笑顔で迎えてくれます。
ドーム型の明るい玄関を入ると、受付、待ち合い室があり、奥が外来の診療室。2階には分娩室と入院のための部屋が3室。陣痛室はなく、入院すると部屋で過し、お産は部屋でそのまま、あるいは分娩室へ移動して行なわれています。
池川クリニックのホームページは、院長先生のお手製。そこには、池川クリニックでの自然分娩、吸引分娩、帝王切開の率や、会陰切開率など、医療内容が詳しく記されています。基本的に正常分娩のみを扱っているため、妊娠中毒症、骨盤不適合、逆子など、リスクが高い人の場合には、妊娠中からほかの病院へ紹介されます。そのためもあって、帝王切開率は2.3%ととても少ない数字です。
お産はできるだけ自然を目指し、フリースタイルをとり入れ、出産後すぐに
カンガルーケアを実施するなど、産む人と赤ちゃんが満足のいく出産を目指しています。「それが結果的に育児支援につながる」と池川先生は言います。
充実したクラス
池川クリニックのもうひとつの特徴は、妊娠中から産後まで、数々のクラスが充実していること。ほぼ毎日、午後の待ち合い室はクラスの会場としてにぎわっています。
マタニティクラスやベビーマッサージなど、助産師が担当するクラスから、専門家によるマタニティ・ヨーガ、ブリージング、レイキ、アロマなど、特徴のあるクラスがいっぱい。マタニティ・ヨーガは、babycom のきくちが担当のクラスも。
マタニティ用のクラスは、妊娠中からからだや呼吸、こころを整えるエクササイズやヒーリングが中心。ヨーガは妊娠中のからだづくりに最適のエクササイズ。ブリージングとは呼吸法のことで、日頃の呼吸を整えることでこころを落ち着け、お産のときもとても効果があります。レイキというのは、周囲に充満している宇宙のエネルギーと言われる"気"を活用して、こころとからだを癒していくヒーリング法だとか。アロマは香りによって気分を整えるヒーリングですが、エッセンシャルオイルのほかフラワーレメディなども使用。フラワーレメディで、肌のトラブルがおさまったという妊婦さんもいるそうです。
「レイキ、ブリージング、フラワーレメディなど、西洋の代替医療的なものに興味のある方にはおもしろいかもしれません」と池川先生。
"癒し"や"ヒーリング"がクリニックで受けられるところが、池川クリニックらしさかもしれません。各クラスとも人気が高く、このクリニックで出産しない人でも、受講することが可能。ホームページを見て、遠くからクラスに通ってくる妊婦さんも多いとのことです。
胎内の赤ちゃんは覚えている
池川先生は、『
おぼえているよ。ママのおなかにいたときのこと』(リヨン社)や、『
おなかの中から始める子育て』(サンマーク出版)などの著者でもあり、胎内記憶について研究している産婦人科医としても知られています。本は海外でも紹介され、韓国のテレビ局が取材に来たほど。
先生は、赤ちゃんがもっている胎内のときの記憶に興味をひかれ、研究してきました。「平成12年に、クリニックで生まれた子どもたちを対象にアンケート調査を行ないました。その結果、胎内での記憶は約半数にあり、生まれたときの記憶は約4割にありました」という。
「『おなかの中は暗かった』とか、『生まれるとき頭を挟まれて(鉗子分娩)、箱(保育器)に入った』とか。中には、子宮の中の絵を描く子どももいますし、受精したときのことや、前世のことを覚えているお子さんもいます。
今までの一般的な考えでは、人としての感情が発達するのは満一歳を過ぎるころからと思われていました。けれど、胎児時代の記憶を語る子どもがいるということは、妊娠中からすでに思考や記憶があると考えられます。ということは、妊娠中に母親のやっていることはかなりわかっていることになります。そう考えれば、妊娠中の過し方も変わってくるでしょう。『胎内ですでに赤ちゃんはいろいろ見聞きしている』という話をすると、みなさん、それまでよりも格段に胎児へ意識を向けるようになるようです」
池川先生は、生まれてくる子どもに不安を感じさせないことがとても重要だと考えるようになってから、お産のやり方が次第に変化してきたと言います。吸引分娩や鉗子分娩が減り、会陰切開率も減っていきました。また出産直後に、生まれたばかりの赤ちゃんを母親が胸に抱くカンガルーケア(ハグ)をするようにもなりました。「赤ちゃんは抱かれると、安心して落ち着いています。そして、抱かれて三十分もしないうちに、自分の力でおっぱいを探しはじめ、乳首を探し当てればおっぱいを吸いはじめるんです」
カンガルーケアをするようになってから、入院中、赤ちゃんを預かって欲しいと希望していた人の数が以前に比べ激減したそうです。
「妊娠中、赤ちゃんに話しかけ、生まれたときにハグをした方は、赤ちゃんに愛着がもてて、子育てがいっそう楽しくなったと言います。それならば、実践しない手はないですね。お父さんも参加できるので、妊娠中から赤ちゃんにどんどん話しかけてみてください」
出産時のカンガルーケアだけでなく、マタニティ・ヨーガでの胎児瞑想や、気を整えるレイキ、産後のベビーマッサージなども、胎児や赤ちゃんとの立派なコミュニケーションです。
胎児に意識や記憶があるということは、アメリカなどで研究がすすめられ、心理学の分野ではとりあげられていますが、日本の産科や小児科などではまだまだ研究はすすめられていないのが現状。けれどもし、胎児や新生児がひとりの人格として尊重されれば、出産の場やその後の育児にも大きな変化があらわれるに違いありません。
「妊娠中から胎児に話しかけ、産後は母子同室で赤ちゃんとずっといっしょに過している方は、母乳率が高く、なにより赤ちゃんの表情がとてもよく分かるようです。一ヶ月健診で来られたときも、ほとんど母乳だけで、しかも子育てが楽しいと一様におっしゃいます。これまで産科医は、妊娠中と出産のときだけのおつきあいで、育児やその後の子どもの教育などの問題とは、つながりをもってきませんでした。しかし、子育ては生まれてからではなく、妊娠中からはじまっている。産科医が育児の最初の一歩に関わっているという実感がつかめた感じです」
取材/きくちさかえ 2004.9月掲載 2015.11月更新