あたたかいお産と子育て NICU編
シリーズ『あたたかいお産と子育て』では、葛飾赤十字産院院長、進 純郎先生に産科についてのお話をこれまでうかがってきました。今回は、生まれたばかりの赤ちゃん、しかもNICU(新生児集中治療室)に入院している赤ちゃんについて、同病院の小児科部長、島義雄先生にお話をお聞きしました。
島 義雄 先生(掲載当時:葛飾赤十字産院 小児科部長)
NICUでの面会
ひと昔前までは、赤ちゃんへの感染を心配して、家族の方がNICUへなかなか入れないということもありました。とくに未熟児であればあるほど、警戒は厳重でした。けれど、最近はいろいろなことがわかってきて、NICUの状況もだんだん変わってきています。赤ちゃんには考えられていた以上に抵抗力があるということがわかってきましたし、実際にまったく無菌の状態を保つということは不可能です。
未熟児は抵抗力が弱く、通常であれば問題にならないような微生物が病気を起こすこともあるので、処置などで赤ちゃんに触れる前後の手洗いはもっとも重要です。
けれど、清潔にしなければならないということにあまり捕われてしまうと、母親から隔離されてしまうようなことも起こります。そうした場合のメリット、デメリットについて、科学的根拠が世界的に分析され、論議されるようになってきました。
反対に言えば、テクノロジーが進歩してNICUの設備そのものがよくなってきたからこそ、今まで不可能と言われてきたものも、できるようになってきたということでしょう。そうした意味で、昔に比べて面会はかなりオープンになっていますし、24時間可能な施設もあるほどです。
カンガルーケア
母親が面会のときに、赤ちゃんを保育器から出して、直接胸に抱くというカンガルーケアはかなり浸透してきました。大きな施設では、おそらくほとんどのところがここ10年のあいだにとり入れるようになってきたと思います。カンガルーケアは、保育器の中の赤ちゃんが母親に抱かれることによって、精神的にも身体的にも充足を得るために行なわれますが、母子双方の絆づくりのためにも有効であるとされています。
赤ちゃんの容態にもよりますが、カンガルーケアをはじめられる時期は施設によって異なると思います。かなり小さな赤ちゃんでもできるところもあれば、一定の大きさにならないと難しい施設もあるでしょう。
母乳
NICUの赤ちゃんたちは、おなかの病気があったり、容態が悪くてどうしてもあげられない特殊な場合を除いて、母乳で育てられています。母乳には明らかに医学的な利点があり、とくに未熟児の赤ちゃんには欠かせないものです。母乳哺育で一般的に言われている利点、抵抗力や免疫物質がいっぱい含まれているとか、エモーショナルな側面などといったこととはまた別に医学的な理由で必要であるということは、古くから言われてきました。
未熟児は、腸がまだ成熟しておらず抵抗力もないので、最低1ケ月間は必ず母乳を与えます。
母親たちに、母乳を絞って、冷凍母乳でもってきてもらいますが、おっぱいがどうしても出ない場合などには、ほかのお母さんから分けてもらうこともあります。
退院時期のめやす
NICUでは、どんなに早く生まれても出産予定日くらいに退院できるかどうかというのが、ひとつの大きな目安になります。人工呼吸器を使ったり、さまざまな処置が必要だったとしても、予定日くらいに退院できれば、保育器がお母さんのおなかの中の環境をかなり近く再現できたということになります。
場合によっては、何ヶ月もかかってしまうこともありますが、赤ちゃんたちの1日は大人の1日とその価値はぜんぜん違いますから、様子を観察しながら、家での生活ができるかどうか判断した上で、退院の日を決めます。
退院後
人によっては、退院後、育児に問題が出てくることもあるかもしれません。赤ちゃんの病気などについていっしょうけんめいに勉強されている母親が、たくさん情報を得ることによってかえって悩んでしまうケースもあります。早く生まれたということで、ほかの赤ちゃんと違うというギャップを心の中で埋めることに時間がかかることは多いものです。普段だったら気にならないようなことでも、気になってしまうこともあります。私たちがだいじょうぶだと判断して送り出しても、病気をもったり障害をもった赤ちゃんの場合には、親としてすぐにはそれを受け止めることが難しい方もいます。結局、時間がたって、子どもが育っていくということが一番の解決方法なのでしょう。
人生どんなことでもそうかもしれませんが、時間が解決することは多いものです。時間がたつことによって受け入れたり、適応することができるようになるのではないでしょうか?
インフォームド・コンセントという言葉が一般にも浸透してきましたが、NICUの場合は、患者さん本人がおなかの中にいたり、小さい赤ちゃんであるということが一番難しい問題だろうと思います。医療者や親の判断を、はたして赤ちゃんはどう思っているのだろうと、医師として考えることもしばしばです。NICUではまったなしにどんどんいろいろなことが起こってきますし、生まれたあともさまざまな展開があります。ダウン症のお子さんもいますし、ハンディキャップが予想される場合もある。そういう意味でひじょうに重たい問題を含んでいます。
NICUに赤ちゃんが入院するということは、親にとっては思ってもみなかったことでしょうし、非日常的なことですから、なかなか受け入れられないこともあるかもしれません。そうした赤ちゃんを迎えるにあたって、親の気持ちも含めて、医療者と話しあうことで解決策の糸口を見つけられるのではないかと思います。そうしたことをわかってもらえるように努力することもまた、この分野のプロとしての仕事のひとつだと考えています。