アクティブバースをとり入れている産院
四国といえば、八十八のお寺を巡るお遍路さんの巡礼の地。愛媛県今治市にも、いくつかのお寺があります。徒歩で巡るお遍路さんにも時折出会うその地に、日浅産婦人科があります。住宅街にある産院は、広い敷地に建つゆったりとした建物。
1階は外来と待ち合い室、母親学級などを行なう他目的ホールがあり、2階は分娩室と入院室、ラウンジ、ナースステーション、ベビー室。3階は入院室と産後のアロマテラピーを行なうマッサージルームと
ベビーマッサージをする部屋があります。
入院室は全室個室。基本的に母子同室制ですが、希望する人は赤ちゃんをいつでも預かってもらうことができます。
院長の日浅先生は、できるだけ医療的処置をしない自然な出産を提唱しています。フリースタイルでの出産法=
アクティブバースをとり入れ、
水中出産ができる大きなバスタブのあるお風呂の分娩室もあります。
個室や風呂場で、フリースタイル出産
日浅産婦人科には陣痛室がありません。1985年開院当初から入院する個室で陣痛期を過し、生まれそうになると分娩室に移動して出産をするという方法をとり入れていました。陣痛期はプライバシーを尊重し、個室で過したほうがリラックスしやすいという配慮からです。出産法をフリースタイルに変えてからは、主にそれぞれの個室でそのまま出産するようになったとか。
婦長の田窪真由美さんは、「以前は個室から分娩室へ移動するときのタイミングを見計らっていましたが、分娩室に移動することがなくなり、さらにリラックスできるようになりました。ひとり目を分娩台の上で仰向けの姿勢で出産された方が、次のお子さんのときアクティブバースをされると、多くの方がこのほうが楽だとおっしゃいます」
陣痛がはじまって入院した人がいると、お風呂にお湯が入れられます。
「ほとんどの人が、陣痛緩和のためにお風呂に入られます。入浴して部屋に戻る人もいますが、そのまま洗い場で出産する人もいれば、湯船の中で出産する人もいます」
湯船の中にお風呂チェアーを入れ、浴そうの上に板を渡して、それに前向きの姿勢でよりかかる人もいるとか。
陣痛期を楽な姿勢で過すことができるように、風呂場や個室には低い椅子や大きめのクッション、CDデッキなど、いろいろなグッズが用意されています。アクティブバースにとり組み、スタッフが産婦さんといっしょに姿勢を工夫していくうちに、こうしたグッズがどんどん増えていったと言います。
「部屋の中でもベッドの上だけに限定せず、床やトイレなど、どこでも産むことができます。産婦さんの気に入った場所で、一番リラックスできる姿勢で産んでいただいています」と田窪さん。
従来の分娩室は、吸引分娩や帝王切開など、特別な場合のみ使う部屋に様変わりしたのだとか。
妊娠中はからだを動かし、産後はゆっくりリラックス
自然出産を目指し、育児をしっかりサポートするために、日浅産婦人科ではさまざまなプログラムが用意されています。
まずは、マタニティ・ヨーガでからだづくり。母親学級ではお産のしくみをしっかり理解し、さらに妊娠中に出産のシュミレーションのための体験入院も可能です。産後は、退院前に全身のアロママッサージを受けることができます。3階のアロマの部屋は、光がたっぷり入る気持ちのいい空間。アロマの香りが、ただよっています。
このアロママッサージは、院長先生の奥様、日浅美和先生が担当。母親としての立場から、産後のお母さんたちにゆったりとした時間を提供したいという配慮からとり入れたのだとか。
退院したあとは、母乳哺育支援のための乳房外来のほか、ベビーマッサージ、産後のヨーガ、すくすく親子体操などのプログラムがあります。
自然出産を目指す理念
日浅産婦人科は、1994年にアクティブバースに取り組み、1998年にフリースタイル分娩を開始しました。「アクティブバース」という言葉には、たんにフリースタイルの出産という意味だけでなく、産む女性と赤ちゃんが主役の自然出産という理念が含まれています。
「以前からマタニティ・ヨーガをとり入れ、
ソフロロジー式出産をしていましたが、より自然な出産をしたいとフリースタイルにとり組むようになりました。しかし、出産姿勢をフリースタイルに変えるということは、医師としては勇気がいることでした。仰向けの姿勢で出産すると、医師には赤ちゃんが後頭部から出てくるのが見えます。ところがよつんばいなどの姿勢で出産すると、赤ちゃんは母親のおしりのほうから出てくるので、180度角度が違う。介助のしかたも当然変わってきます。フリースタイルが産婦さんにとって楽だと頭では理解していても、それをはじめるきっかけがなかなかつかめませんでした。2〜3回トライしたら、慣れていきましたが」と、日浅先生は当時をふり返ります。
「フリースタイルにしてから、胎児の心音が落ちることが少なくなり、結果的に帝王切開や吸引分娩の率が減りました。逆子や前回帝王切開の人も、自然に産めるようにトライしています。帝王切開の率というのは、病院によってかなり違いがあります。会陰切開の率、逆子や予定日を超過した場合の対応などもまちまちです。こうしたことは一般にはあまり知られていないのですが、それは医療内容についての情報が公開されていないからだということを、まず知ってほしいと思います」
院長先生の言葉どうり、日浅産婦人科ではホームページで帝王切開、吸引分娩の率などの情報を公開しています。情報を公開し、さらに産む人たちとていねいに話し、
インフォームド・コンセントをして、互いの納得のいくようなお産を目指しているのです。
「自然分娩というのは、はっきり言って儲からない。ですから、たいていの医師たちは積極的にとり入れようとしません。薬を使ったり、吸引分娩などの処置をしたり、帝王切開をすれば保険点数が上がる。そうした処置が必要な場合はもちろんありますが、処置の率が高い病院というのは、そうした処置を安易に使っていることもある。多くの人が、産科でのこうした医療介入の実態を知ったら驚くと思いますよ」
日浅先生は、昨年、『ナチュラルバースに目覚める会』を、医院で出産した女性たちといっしょに立ち上げ、自然なお産を広める活動をしています。
そうした先生の自然へのこだわりは、お産だけに留まりません。産院の屋上にはソーラーパネルを設置。院内の暖房や温水をソーラーで確保しています。さらに、先生自身がまき割りをして健康に気をつけているとか。医院の裏庭に大きな丸太がたくさん置かれ、時間を見つけてはノコギリや斧を使って薪をつくっているのだそうです。
「自然なお産は自然な生活から生まれてくるもの。妊婦さんにすすめるだけでなく、私自身もまき割りをし、近所の山に登ることもあります。アクティブバースは産婦さんにとって楽であるばかりでなく、自分が自然に産んだという達成感を得ることができます。それによって育児にも自信がわいてくる。これが今、一番大切なことなのだと思います」
日浅先生ご自身の日々の実践が、自然なお産を支える鍵になっているようです。
取材/きくちさかえ 2004.7月掲載 2006.4月更新