新しいタイプのファッション性あふれるクリニック
2001年末、北海道の石狩市に新しく開業したエナレディースクリニック。札幌の北、石狩平野に、そのおしゃれな建物はありました。いかにも北海道らしく、広大な敷地はなんと約1500坪。建物の総床面積はおよそ600坪。その立地条件を生かして、医療施設はゆとりのワンフロアー。まわりの建物とも距離があり、大都市にあるクリニックの状況から考えるとなんとも贅沢なつくりです。
正面には60台収容できる駐車場。街道の向かいには「uniclo」があり、ファッション性では互角の外観です。最近、病産院でもアメニティ(居住環境性)の重視が言われるようになり、ホテル的な内装やゴージャスな食事に力を入れる施設が話題になることがありますが、外観、内装ともにファッション感覚は今ひとつ、という感じでした。そんな中、エナレディースクリニックは、設計をリゾート施設を手掛ける建築家に依頼。外観、内装などの居住性はもちろんのこと、診療やお産あり方も含めて、画期的な試みを展開しています。なにより、女性たちの心をつかむファッション性に富んでいることがうれしい驚きです。リゾート感覚で診療やお産ができる施設が実現化した、という感じです。
プライバシーが尊重された外来
オートドアの正面玄関を入ると、すぐに目に飛び込んでくるのは、靴を入れるためのシステムロッカー。なんとここは靴を脱いで入るクリニックなのです。しかもスリッパなし。全館に抗菌の絨毯が敷かれ、清潔感に溢れています。これは院内感染を徹底的に予防するための対策なのだとか。
クリニックは大きなもみの木がある中庭を取り囲むようなロの字型のつくり。正面の左サイドが婦人科、産科の外来。右サイドがレストランと、入院室。奥には分娩室やナースステーションなどがあります。
外来のわきには、保育ルーム。上の子どもを連れての外来でも、保育士さんがしっかり面倒を見てくれるので安心です。外来では、プライバシーを守るためのいろいろな工夫がなされています。
待ち合い室で名前を呼ばれることに抵抗のある人もいます。その配慮から、診察を受ける人の呼び出しは携帯電話で行なうことにしたそうです。携帯をもっていない人には、院内用のPHS の貸し出しも。それなら、診療前の待ち時間はどこにいてもだいじょうぶ。各所にそのためのゆったりとしたスペースがあり、保育ルーム、正面玄関のメインホール、またレストランでお茶をしながら待っていることも可能です。
外来は、完全個室。婦人科には不妊センターも併設されていて、体外受精、顕微受精、凍結胚移植などの高度生殖医療が行なわれています。産科の外来は、ゆったりとした椅子とテーブルが置かれ、オフィスの応接室ようなつくり。内診室は訪れる人の緊張が少しでも和らぐようにと、特別注文してつくった木の温もりのある椅子や棚が置かれています。医師の外来のほかに助産婦による外来もあり、そこで出産前後の相談などができるようになっています。
アクティブ・バースと、会陰切開をしないお産
エナレディースクリニックは、母と子にやさしい自然なお産をコンセプトに積極的に新しい試みにとり組んでいます。産科を担当しているのは宿田孝弘医師。長年、札幌の病院に勤務されていましたが、自分の理念にあった出産がしたいとの願いからクリニックの開業当初から、自然で自由なお産にとり組むようになりました。
分娩室にもそうした思いが表われています。分娩室は2部屋。ひとつは従来の分娩台が置いてある部屋ですが、床はフローリング、壁も穏やかな色で落ち着いた雰囲気です。分娩台はありますが、仰向けの姿勢で産まなければならないというきまりはありません。その上で自由な姿勢をとることができます。もうひとつは、お風呂がついている畳みのある分娩室。こちらでは、布団の上でフリースタイルの出産をしています。
出産の姿勢がフリースタイルだということで、驚く女性はいないのでしょうか。「助産婦外来で分娩姿勢について説明しています。中にはやはり分娩台の上のほうが落ち着くという人もいますが、畳みの部屋のほうがいいとすんなり受け入れる人も多いですよ」と助産婦さん。
エナレディースクリニックのスタッフたちは、ホームページつくりにも積極的。とくに『えなにっき』というコーナーは人気です。そこには毎日、宿田先生や助産婦たちが今日のできごとを記しています。毎日更新されるそのページを楽しみにしている方も、全国に大勢いるのだとか。その中で宿田先生は「会陰切開はしない宣言!」というコメントを書いています。開業して3ケ月目でしたが、それまでに会陰切開が必要だったケースは一度なかったのだとか。「当院では会陰切開しません。なぜなら必要ないからです。自然に切れてしまうこともありますが、かならずきれいに治ります」。
アクティブ・バースと、会陰切開をしない宣言。とてもアクティブにお産にとり組む宿田先生と助産婦たちの熱い思いは、さらに自宅出産の介助にまで広がっていきます。現在、日本中で自宅出産を介助するために出張している産科医はいません(過去に東京、明日香医院の大野明子医師が開業前に自宅出産を介助していました)。こうした取り組みにも宿田先生の思いが込められています。
「お産は女性が主役です。決められた分娩台の上ではなく、安心できる場所や姿勢で、生理的メカニズムに従って、自分が楽な自然な姿で出産するのがアクティブ・バースの考え方です。そのためにはまず、妊婦さんが医療者にお任せという受け身ではなく、主体的にお産に関わって欲しいと思います。私たち医療者は満足のいくお産になるように、お手伝いさせていいただければと考えています。陣痛のあいだは助産婦が付き添い、お産も助産婦が介助します。医師は、基本的には何もしない。何か問題が起こったときに対応できるように見守っているだけですね」
母子同室、同床
産後はすぐに、赤ちゃんを母親の胸に乗せて、おっぱいを吸わせます。おっぱいへの刺激は、母親の子宮の収縮を自然に促すことにもなり、また母子の早期のコンタクトは母乳の分泌にもいい影響を及ぼします。
さらに、入院中は母子同室で同床。個室のセミダブルのベッドでいっしょに寝ます。「入院中くらいは赤ちゃんを新生児室に預かってもらってのんびりしたい」という声をよく聞きますが、生まれたばかりの赤ちゃんはとても表情が豊かで、母親とのコンタクトを必要としています。
また母乳哺育をスムーズにスタートさせる意味でも、母子同室は理想的。エナレディースクリニックでは、家族がいっしょに泊まることができるようにと、ベッドをも用意されています。
スタッフの輪
お産は新しい家族としての出発のとき。家族で赤ちゃんを迎え、入院中もいつも赤ちゃんといっしょ。スタッフはそんな親子をサポートします。「自分らしいお産をした人たちは、お産直後の顔の表情が違う」と宿田先生は言います。先生はお産を終えたばかりの家族を、大型のデジタルカメラで記念写真におさめています。「みなさんとってもいい顔しているんですよね。赤ちゃんを産んだ直後の母親の顔は、すがすがしいというか、とても美しい表情なんです」と、写真を何度も見直してはスタッフとお産の振り返りをしているのだとか。
「先生ご自身も変わってきたと思います」と、ひとりの助産婦さんが言います。ナースステーションで赤ちゃんが泣いているのを見ると、思わず先生が抱き上げて、あやしていることがあるのだとか。「それもとってもうれしそうな表情なんですよね」。
新しい施設で、新しいお産への挑戦をしているエナレディースクリニックでは、医師と助産婦が一丸となって、お産に取り組んでいます。そのチームワークと意気込みが、母親や赤ちゃんへの優しいまなざしを育んでいるのでしょう。スタッフが家族のように一丸となってお産に取り組んでいる施設は、そのあたたかさがお産にも反映していきます。
暖かいスタッフによる、暖かいケアは、お産の質を高め、赤ちゃんと母親にやさしい医療をこれからもますます提供してくれることでしょう。
取材/きくちさかえ 2002.4月掲載 2006.4月更新