医師の思いが込められた産院
北九州市小倉の郊外にある、なかむら産家医院は、2001年1月にオープンした産院。人は親しみを込めて「なかむらさんち(産家)」と呼びます。院長の中村薫医師ご本人も、そう呼んでほしくて、この名前を考えられたそうです。
なかむら産家医院は、自然なお産を大事にする中村医師の思いをこめて建てられた産院です。
玄関を入ると、ゆったりしたロビーが広がり、その奥には子どもが遊ぶ部屋があります。かわいらしい木製のおもちゃや、絵本がたくさん揃っていて、プロの保育士さんがいっしょに遊んでくれる、子ども連れにはうれしい空間。1階には医師の外来のほか、助産婦による外来も。
光りがふり注ぐ明るい階段を上がると、ラウンジが広がり、大きな窓からは裏の木々の緑が見える気持のいいスペース。2階には分娩室と、入院室があります。
産婦が一番楽な姿勢で出産できる和室の分娩室
分娩室は、和室。そこにあるのは、畳みの上に敷かれた布団、間接照明の和風のシェード、天井からぶら下げられた太い布の紐、木製の小さな分娩椅子。部屋の中はとてもシンプルで、医療器機はほとんど見当たりません。
「産婦さんが一番楽な姿勢で、お母さんと赤ちゃんにやさしい、昔ながらのお産をしていただくことを目指して、和室の分娩室にしました」と中村医師は言います。
天井から下がっている紐は、産むときにつかまるための「産綱(うみづな)」。昔、日本でも梁(天井の横の柱)から綱をたらし、そこにつかまって産む習慣のあった地域がありました。こちらの産綱は、太い布を輪にしたつくり。両手で紐の上のほうをつかんで、ブランコのように下の輪っかの部分でお尻や背中を支える人もいるとか。
木製の分娩椅子は、ヨーロッパで伝統的に伝わってきたもの。洋式トイレのようなU字型をしていて、そこに座って産むことができます。
とはいえ、産むスタイルはそのときどきに産婦が一番楽な姿勢で。布団の上で産む人もいれば、紐を使う人、椅子を使う人、それぞれです。
緊急の場合に備えて、和室以外にも通常の分娩台のある分娩室と、手術室があります。
自然なお産は、何も手を加えずに見守ること
中村医師は病院に勤めていたころ、帝王切開での出産が多いことに疑問を感じていたと言います。「当時、助産婦さんが会陰切開をしないお産をしていると聞いて、びっくりしました。病院では、医療が介入するお産ばかりでしたので、そうしたお産を見たことがなかったのです。それで助産院に見学に行ったのですが、そこでいきまないお産に出会った。無理にいきまずにお産をすると、胎児の心音が落ちにくく、会陰も切れにくい。それ以来、私自身も病院の中で実践し、帝王切開や会陰切開の率はしだいに下がっていきました」
そうした実践の中で、お産は何も手を加えずに見守ることが大切だということを感じたと言います。
「あるとき希望があって、フリースタイルのお産を病院の中でトライしたことがありました。そのときの産婦さんの生き生きした姿を見て、ほんとうに驚きました。上体を起こした姿勢で、生まれたあとすぐに母親が赤ちゃんを抱いた姿を見て、『ああ、これがお産のおめでたさなんだなあ』と、声も出ないくらい感動しました」
2階ラウンジ
お産というのは、本来こうした姿なんだと実感したと言います。しかし、一般の病院の中で、そうしたお産を続けることは難しい。中村医師は、自分で開業することを決意しました。
「そう決めてからは、まるで何かにつき動かされているようなエネルギーで、次々に事が運びました。いろいろな方々が協力してくださり、形になっていった」
中村医師の思いを形にした産院は、和室の分娩室、水中出産のできるお風呂、和室と洋室2種類の入院室、子どもたちが遊べる待ち合い室、さらに最新の設備を兼ね備え、救急にも対応できる施設になりました。
母親と赤ちゃんの自然な姿を守るお手伝い
中村医師は、「お産は母親と赤ちゃんを中心に考えています」と言います。
「あるとき超音波診断装置で、19週目の胎児のあくびを見たことがあります。口を大きく開けて、腕を伸ばして、気持ちよさそうにあくびをしていた。それがとてもかわいらしくて、なんとも言えない気持ちになりました。10週の胎児でも、子宮の中でジャンプしたりします。まだ人間とは呼べない大きさかもしれませんが、いのちが息づいている。それを大切にしたいと思っています」
お産は母親が産むという側面だけでなく、赤ちゃんが生まれる大切なとき。生まれてくる赤ちゃんにとって一番大切なことを考えて、なかむら産家医院では、誕生直後に母親が赤ちゃんを胸に抱き、入院中も母子同床にしています。母子同床というのは、同じ部屋で別々の布団に寝るのではなく、同じ布団でいっしょに寝ることです。
「赤ちゃんは欲しいときにいつでも、おっぱいを飲むことができますし、同じ布団に寝ることによって、お母さんのにおいをかいで安心することができます」と、助産婦の浦部きくえさん。
「誕生も、その後の新生児期にも、その子らしさを引き出してあげられるといいなあと思っています」と中村医師。その子らしさとは、医療のシステムに赤ちゃんの生活をあわせるのではなく、赤ちゃんがつねに自分らしくいられるということ。泣いたときには母親が抱き、おっぱいを含ませられる環境をつくってあげることだそうです。
中村先生と助産婦さんたち
「お産は助産婦がとり上げますので、医学的に問題がない場合には、私はそばで見守るだけです。何もすることがないことがほとんどなので、まるで夫のように、産婦さんの額の汗をふいたり、腰をさすったりすることもあります。
お産は苦しいだけではなく、いのちの誕生には、あたたかく美しいものが流れていると感じます。私たちは、そんな一生懸命なお母さんと赤ちゃんとの絆づくりのために、いっしょに寄り添い、応援していきたいと思っています」
安全を確保した上で、母親と赤ちゃんの自然な姿を見守る、新しいタイプの産院がもうひとつ増えました。
取材/きくちさかえ 2003.6月掲載 2006.4月更新