babycomが応援したい産院の規準
日本で、出産が病院などの施設で行なわれるようになってから50年ほど。それから、数多くの施設が生まれ、出産はそのほとんどが施設で行なわれるようになった。時代とともに出産の状況は変化してきたけれど、2000年前後からまた新たな変化が見られるようになってきた。大規模な病院での改築や移転も目立ち、アメニティ(居住環境)を考えた欧米の病院のあり方がとり入れられるようになってきた。新しく開院したクリニックなどは、アメニティに加え、それぞれの特徴を打ち出して、それまでのいかにも病院らしい雰囲気を脱して、より快適に過ごせるような工夫がこらされている。
変化は分娩室や入院室などのハード面の改善だけでなく、スタッフのとり組みといったソフト面にも感じられる。90年代までは、出産方法に特徴をもたせている施設も多く(たとえば○○法といったように)、そうした施設では、その方法にそったケアが行なわれていた。ところが最近は、産む人とその家族の意向をまず尊重し、それぞれに合ったケアを提供する施設が増えてきた。また、安全を追求するあまり慣例化していた医療処置なども、科学的な検証がなされるようになり、会陰切開や浣腸、剃毛などの処置の必要性が検討されてきている。
分娩室のLDR化や分娩台の工夫、あるいは自由な出産姿勢や水中出産などの新しい方法も、こうした方法が一番いいという限定された考え方ではなく、産む人とその家族が望む出産の選択肢を提案したものだ。
出産の主役は産む人と、生まれてくる赤ちゃん。それを見守る家族を含め、その人たちに安全で満足のいく出産をどう提供できるか、ということを考える産院が増えてきたことはとてもうれしい。babycomはそんな産院を応援している。
産婦人科クリニックが経営する新しいタイプの助産院
以前、産婦人科と地域の開業助産師が提携しているオープンシステムの取り組みをご紹介したが、今回は、産婦人科クリニックが経営している助産院のご紹介。
こちらは、愛知県名古屋市にある「ゆう助産院」。前回このコーナーで紹介した「アイ・レディスクリニック」が経営している助産院だ。こうした取り組みは日本でははじめて。世界的にもめずらしいのではないかと思う。海外には、病院が院内に助産師クリニックをもっているという形態はあるけれど、残念ながら日本ではまだ実現されていない。
アイ・レディスクリニックの院長、伊藤泰樹先生と奥様でバース・エデュケーターでもある伊藤弘美さんの「自分たちの理想のお産の家を建てたい」という熱意が、ゆう助産院を実現させたのだとか。産む人が満足し、しかも安全な出産を提供したいと、2000年秋にオープンした。助産院の院長は、アイ・レディスクリニックのベテラン婦長、山本富美子さん。
医療的バックアップは、もちろんアイ・レディスクリニック。パンフレットには「どうしても必要な時には、アイ・レディスから先生が救急車より速く参上しますので安心してください」とある。クリニックから助産院までは、100メートルほど。なるほど「救急車より速く」の言葉にも納得。
表通りから見ると、一見何の建物かわからないほどおしゃれな外観は、現代的なのだけれど、土や木の香りがあふれるエコロジーな感覚。遠く北海道から、産婦人科ドクターが見学に訪れたというほど、医療施設としてはとても斬新的で、なおかつ心のこもった建物だ。
選べる出産室
柔らかい曲線のアーチ状の外壁にそって、石畳の小道を抜けると、木づくりの大きなドアが迎えてくれる。
玄関をはいると、正面に広がる中庭の空間が目に飛び込んでくる。とても明るい雰囲気だ。
中庭を中心に、1階には、待ち合い室、相談室、出産室やキッチンなど。一般の健診などが行なわれる部屋は外来ではなく、相談室と呼ばれている。分娩室も、その名は出産室。
出産室は、3部屋。低めのベットがある洋室は、どこかのおたくの寝室のよう。医療器具はきれいに収納されていて、従来の分娩室のようなイメージはない。
ほかに、畳みの部屋の和室と、水中出産ができるプールの部屋がある。
プールの部屋は、落ち着いた色調のタイルにかこまれ、観葉植物もおいてある。中央にどーんとあるステンレスの浴槽は、産婦のからだにあうような大きさと丸い形を特注したのだとか。ふちには出入りがしやすいように、手すりがついている親切設計。
「水中出産は、お湯が陣痛をやわらげる効果もありますが、浴槽の限られた空間の中で自分の世界に没頭できたのがとてもよかった、という方もみえますね」と山本婦長さん。
プールは中で出産することを目的にしなくても、陣痛緩和のためにつかうこともできる。
出産室は、和室、洋室、好きなほうを選ぶことができ、入院してから出産、産後2時間まで、同じ部屋で家族といっしょに過ごすことができる。
心があたたかくなるすてきな名前のついた部屋
2階は、8部屋の入院室。つき、ほし、なみ、かぜなど、ひとつひとつにすてきな名前がつけられている。これは、上の子どもたちにも親しみやすいようにとつけられた名前だ。部屋は、それぞれの名前に合わせたイメージで、ベットカバーやカーテンなどがカラーコーディネート。建物の南側に位置する部屋はブルー系の寒色、北側に面する部屋はオレンジや黄色といった暖色系だ。
部屋にも和室と洋室があって、それぞれに天井は高く、天窓からは柔らかな日ざしが差し込んでくる。棚や洗面台は、暖かい木彫の家具。新しいいのちを、できるだけ自然な味わいのある雰囲気の中で見守ってあげたいという心づくしだ。
産後はもちろん母子同室。
「出産直後から赤ちゃんとお母さんが一緒にいることで、母と子の絆はいっそう深まります。授乳も頻繁にできますので 、母乳の出もよくなります。こうしたことがその後の母子の関係によい影響を与えるんですね」と婦長さん。
希望があれば、おとうさんや上の子どももいっしょに寝泊まりすることも可能だ。
新しい施設としての取り組み
入院中の食事は、1階のキッチンでていねいに作られている。自然な素材をふんだんにとり入れた家庭料理は評判だ。
ゆう助産院の建築にあたっては、アイ・レディスクリニックの院長やスタッフはもちろんのこと、アイ・レディスで出産した母親たちの意見も反映されているのだとか。できるかぎり女性たちの声にそったものを建てたいという意気込みが感じられる。部屋の名前やマーク、パンフレットも、母親たちの意見がとり入れられている。プールも、水中出産をしたスタッフの意見を取り入れて特注されたものだとか。
そのほか、産後静養入院も積極的に受け入れている。これは、ほかの施設で出産した人が、産後自宅に帰って手つだいが得られない場合や、育児に不安がある場合などに、赤ちゃんといっしょにそのまま入院することができるシステムだ。母親が安心して育児をスタートできるように、助産師がサポートしてくれる。「産婦さんの夢や希望を満たしてあげるだけでなく、本当に安心できる環境作りがよりよいお産への近道ではないかという院長とスタッフの考えが、ゆう助産院を生み出すきっかけでした」と、伊藤弘美さんは語る。
医師、助産師、スタッフ、そして女性たち、みんなの意見を取り入れた出産施設。それは新しいお産への道を提案してくれている。
取材/きくちさかえ 2002.11月 掲載 2006.4月更新