EU Water saving potential
Part 1-Report、Part 2- Case Studiesの2部構成
今回紹介する、欧州委員会が2007年7月に出した報告書『EU Water saving potential』は、「EUにおける水の使用量は2030年までに現在より40%削減できる」ことを詳細なデータと事例の分析によって示し、水問題に対する今後の取り組みの一つの指針を提供しています。
この報告書の面白いところは、スペイン南部、フランスのアルデーシュ地方など4カ所の水利用状況を詳しく調べて、どんな節水手段をどのように導入できるかというシナリオを描いている点で、私たちの社会の多様な水利用の姿の全体を、自分の生活や自分が住む地域とつなげて思い描く想像力を与えてくれます。
水問題を真剣にみすえるヨーロッパ
温暖化の影響で心配されていることの一つは、干ばつや洪水といった水に関係した災害の増加です。水の危機は何も温暖化だけによって引き起こされるものではありませんが、気候変動が様々に関係するだろうことを専門家は指摘しています。国連の統計によれば、現在すでに水不足に悩まされている地域は世界の30カ国(約11億人)といわれていますが、2025年にはそれが世界の人口の約半数3分の2にも及ぶというのです。温暖化対策の根幹は化石燃料の消費の抑制ですが、21世紀中に石油は枯渇に向かい使用制限がかかるでしょう。その他の化石燃料をその代替として使うことは、CO2 の排出規制ゆえに、認められなくなるでしょう。それは、私たちの生活を大きく変える事態ですが、水不足が常態化すれば、もっと深刻なことになるはずです。石油がなくても人はなんとか生きてはいけますが、水はどんな生き物にとっても絶対不可欠なものの筆頭にくるわけですから。
「水ほど貴重なものはない」といっても私たちがピンとこないのは、雨や川や海を目にしているので「水ほどありふれたものはない」「水は無尽蔵にある」と感じてしまうからです。しかし、じつは人類が利用できる淡水は地球の水の総量の0.1%にも満たないという試算があります。それが環境破壊や都市化で急激に減り続けているとすれば、それを放置して“水の奪い合い”という醜い争いを招いてしまうことだけは、なんとしても避けなければなりません。水は誰にとっても等しく不可欠である以上、長期の見通しのもとに、国際的な対策を立てていかなければなりません。
現在、「世界水フォーラム」(1997年から3年ごとに開催、2009年にイスタンブールで第5回が開かれる)をはじめとするいくつかの主だった取り組みがありますが、今回紹介する、欧州委員会が2007年7月に出した報告書『EU Water saving potential』は、「EUにおける水の使用量は2030年までに現在より40%削減できる」ことを詳細なデータと事例の分析によって示していて、水問題に対する今後の取り組みの一つの指針を提供するものでしょう。調査を担ったのは、Ecologicという民間のシンクタンクで、「国際/欧州環境政策研究所」(Institute for International and European Environmental Policy)との機関名を掲げています(この報告書は
Ecologicのホームページからもダウンロードできます)。
水を無駄にしないことで得をする
「あなたが今家庭で使用している水の量は半分に減らせる」と言われたら、あなたはそれを信じるでしょうか。「そんな禁欲的な節水は無理なのでは」と思われるかもしれません。しかし、これが節水技術の改良だけで、しかもそれは「将来的にはこんな新しい節水技術が生まれるならば」という仮定の話ではなく、現存の技術(水道だけなく、水に関係するあらゆる道具や設備)と現存のシステム(水道料金体系、雨水の適度の利用なども含む)を改良すれば実現できます、と具体的に指摘されるなら、「なるほど」とうなってしまうかもしれません。例えば、水量調節を義務化し(むやみに大量の水が出ないようにするなど)、効率のよいシャワーヘッドや節水装置(トイレなど)を取り付けることを推進するだけで、相当に改善されるだろうことは想像できるでしょう。
この報告書のインパクトはまさにそこにあります。農業、工業、エネルギー産出、観光の4つの事業部門と家庭部門(各家庭や公共施設や小規模商店などを含む)で、いかなる手段を用いればどの程度の節水が可能になるかを、現段階でのインフラや社会システムや地域差をふまえながら、定量的にはじき出しているのです。
水利用の効率を上げるための基本は、水源がどこであれ、「利用者負担」の原則に基づいて水の適正価格を定めることであり、水の供給と利用の効率化を系統的に見直すことだと、この報告書は指摘しています。例えば観光部門では、ホテルに一斉に節水装置を導入したり、ゴルフコースや競技場での水の再利用をはかったり、といった対策が挙げられています。また、工業部門では、水のリサイクルと雨水利用をうまくすすめることで、場合によっては90%もの節水が可能になるとの指摘もあります。
社会のいたるところで「水を無駄にしないことで得をする」という経済メカニズムが働くように、技術とシステムを埋め込んでいくこと—初期投資として多少高額な節水装置を導入した場合でも、2〜3年で元がとれる、といった具合に—が大切だと、この報告は強調しています。
いうまでもなく水の分布や存在の様子は場所によって異なりますから、水利用の状況も地域によって千差万別です。この報告書の面白いところは、スペイン南部、フランスのアルデーシュ地方、英国南部及び南東部、ギリシャのプラスティラ湖とスモコボ貯水池の周辺地域の4カ所の水利用状況を詳しく調べて、どんな節水手段をどのように導入できるかというシナリオを描いている点です。産業部門の違いに応じて、というだけでなく、地域の特性を考慮して節水対策を講じていくことは、ごくあたりまえことなのですが、では「あなたの使っている水はもとはどこから来て、使用後はどこでどう処理されているのか」と聞かれたら、どれくらいの人が正確に答えられるでしょうか。この報告書を読みながら、私たちの社会の多様な水利用の姿の全体を、自分の生活や自分が住む地域とつなげて思い描く想像力を、私たちはもっと持たないといけないなと痛感した次第です。
(文/上田昌文)