PART 1 今どきの光化学スモッグと子どもたち
1970年代に流行した光化学スモッグが再び
光化学スモッグ……。この言葉に、ある種の懐かしさを覚える世代も多いと思います。1970年7月18日、東京都杉並区の高校で体育の授業を受けていた女子高生の多くが、突然目の痛みや頭痛などを訴えて倒れ、病院に運ばれました。これが日本で初めて起こった光化学スモッグで、1970年代に日本中で猛威をふるいました。今の30代〜40代ならば、校庭で遊んでいる時に光化学スモッグ注意報が発令され急いで教室に退避した、という経験が少なからずあるのではないでしょうか。
光化学スモッグは自動車の排気ガスや工場等の排煙による大気汚染物質が原因とされ、その後、国は大気汚染防止法や自動車の排ガス規制などの対策を行ったことで、80年代には減少傾向に。ところがここ数年、再び光化学スモッグ注意報が発令される日が増えています。環境省によると、光化学スモッグ注意報発令の延べ日数は1973年の328日をピークに減少傾向となり、81年には59件まで下がりました。しかし2005年には1495人の光化学スモッグの被害届出があり過去20年間で最高、2006年には注意報発令延べ日数が177日と高い水準になりました。
原因物質と太陽、そして気象条件の3つが重なり発生
では、光化学スモッグはどうして発生するのでしょう。「光化学スモッグの発生メカニズムは、基本的には1970年代も今も変わりません。自動車の排ガスなどによって発生した窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質、ガソリンや塗料の有機溶剤として含まれる揮発性有機化合物質(VOC)が大気中で太陽の紫外線と光化学反応を起こし、オゾンを主成分とする酸化性の物質、光化学オキシダントをつくり出します。これが、光化学スモッグの原因物質となるのです」と、秋元肇さん。
ただし、この光化学反応は大気中で起こっていることであり、光化学オキシダントが人体に影響を及ぼすほど高濃度になるにはある一定の気象条件が必要です。太陽光と紫外線が強く、風があまり強くない夏季の日中に起こりやすく、紫外線の弱い冬や太陽の出ていない夜間には発生しません。
子どもの身体への影響はだいじょうぶ?
光化学スモッグの健康被害は、特に子どもに強く現われるといいます。神奈川県によると、光化学スモッグの被害届出者の内訳は累計の9割以上が小・中学生の子どもです(1997〜2006年)。学校の体育の授業などで、晴れた日の屋外で日常的に運動をする習慣があること、子どもは外遊びが好きであるなど、ごくごく当たり前のことが理由になっているようです。秋元さんは「運動している時に被害が起きやすいのは、走り回ったりして呼吸量が増えているからではないか」と分析します。
光化学スモッグによって起こる被害は、目がチカチカする、目が痛い、涙が出るなどの眼科系の症状、喉がイガイガする、咳が出る、息苦しいといった呼吸器系のもの、その他頭痛、吐き気がするなど、急性の症状を発症する場合があります。
特に注意したいのは、何らかのアレルギーがある、喘息、慢性気管支炎、呼吸器系の疾患、心臓病、甲状腺の機能に障害がある、またはそれらの既往歴がある場合です。「子どものアレルギーが増えているということは、光化学スモッグの被害の母数も増えているということです。子どもの身体と大気汚染の疫学的研究についてのデータはまだありませんが、今後我が国でも早急にそのような研究が必要だと思います」と秋元さん。ちなみに、光化学オキシダントは化学物質として体内に蓄積されるものではないので、胎児への影響は心配しなくてもよい、とのことです。
注意報が発令されたら…
光化学スモッグが発生したら、いったいどのような対策をとればいいのでしょうか。光化学オキシダントで問題になるのはその濃度。しかし、普通に生活しているだけでは濃度がどのくらいなのかを正確に知るすべはありません。一定濃度を超えると「光化学スモッグ注意報」が発令され、市区町村など自治体によっては防災無線で外出を控える呼びかけをするといった対策がとられています。東京都は注意報の基準より低い濃度でも「学校情報」を発令し、自治体が各学校にFAXで情報を送信するサービスも行っています。
また、インターネットで大気汚染情報を常に発信しているサイトもあるので(環境省大気汚染物質広域監視システム「
そらまめ君」や、自治体の環境局など)、こまめにチェックするのも対策法のひとつです。自治体によってはテレフォンサービスや、携帯メールに注意報を送信するサービスもあります。
光化学スモッグ注意報が発令されたら、ともかく外出を控え、屋外にいる場合はすみやかに室内に退避すること。特に運動している場合は子どもの健康状態に留意しましょう。もし何らかの健康被害があっても症状は一過性の場合がほとんどなので、窓を閉めた涼しい部屋で安静にすること。それでもよくならない場合は病院へ。また、症状の程度にかかわらず、光化学スモッグによる健康被害があった場合は、自治体や保健所まで被害届を出すようにしましょう。
<光化学スモッグが発生しやすい条件>
・4月〜10月
・日中の最高気温が25度以上
・9時〜15時の日照時間が2時間半以上
・無風、または弱い風
・空気がよどんで視界が悪い
・夏型の気圧配置で等圧線の間隔が広い
<注意報、警報など濃度の基準>
光化学スモッグ予報…
翌日、当日の気象条件などから光化学オキシダントが高濃度になり、光化学スモッグ注意報等が発令されると予想される場合
光化学スモッグ注意報…光化学オキシダント濃度の1時間値が0.12ppm以上になり、気象条件からみてその状態が継続すると認められる場合
光化学スモッグ警報…光化学オキシダント濃度の1時間値が0.24ppm以上になり、気象条件からみてその状態が継続すると認められる場合
光化学スモッグ重大緊急時警報…光化学オキシダント濃度の1時間値が0.4ppm以上になり、気象条件からみてその状態が継続すると認められる場合
※この他、東京都では光化学オキシダント濃度の1時間値が0.1ppm以上になり、気象条件からみてその状態が継続すると認められる場合に「光化学スモッグ学校情報」を発令し、各小中学校に自治体がFAXで情報を送信する。
(取材協力/秋元肇)
環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめ君」
全国の大気汚染の状況について情報提供をしている。
1時間ごとの大気汚染の測定結果と、光化学スモッグ注意報・警報の最新1週間のデータを地図でみることができる。 二酸化硫黄や二酸化炭素、光化学オキシダントなど、物質ごとの表示項目を選択することもできる。
独立行政法人海洋開発機構
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