東京都が先陣を切って
過去の事例でみると、東京都は公害問題が全国で深刻化した時期に一足先に、公害防止条例を制定し(1969年)、工場や施設の届出制、環境基準の設定、公害防止計画の策定の義務化などを盛り込みました。
その総量規制の考え方が2〜3年後からいくつかの地方自治体の公害防止条例に波及しはじめ、ついには国の大気汚染防止法にも取り入れられる
こととなったのです。最近のよく知られた例では、1999年から「ディーゼル車NO作戦」を展開し、都独自の厳しい規制値を設けて、これを満たさないディーゼル車の都内運行を禁止するという思い切った政策を導入したことが挙げられます。これが隣接の埼玉、千葉、神奈川県に拡大し、2003年からは首都圏全域の規制となることを国も認めざるを得なくなったわけです。
また、温暖化対策につながる事例として、事業所による温室効果ガスの「算定・報告・公表制度」(2003年〜、環境省によって2006年から全国に導入)や、エネルギー消費の多い家電製品について省エネ性能の違いが一目でわかるように5段階評価と電気料金を表示させる「省エネラベリング制度」(2002年〜、2006年から全国統一ラベル化)などがあります。
先陣を切って大胆に導入したことが全国レベルの規制や政策に結実する——これらの歴史的経験をふまえて、東京都は今、温暖化対策という難題に挑もうとしているように思えます。
2020年までにCO2を25%削減
東京都がここ数年で打ち出してきた温暖化対策は、これまでの日本にあまりみられなかった、総合的な環境エネルギー戦略という性格をもっています。その戦略の中心となる『東京都気候変動対策方針 「カーボンマイナス東京10年プロジェクト」基本方針』(2007年6月、以下『基本方針』)は、明快なわかりやすい言葉で記されていますので、ぜひ直接読んでいただきたいと思いますが、ここでその主だった点を一瞥しておきましょう。
このプロジェクトに先立って東京都は、温暖化ガス排出量が多い大規模事業所を対象として、5カ年の削減計画の提出・公表を求める「地球温暖化対策計画書」制度を2005年より開始しています。この制度の導入によって、対象となる全事業所の4分の1程度が、これまでの3年間で約3.5%のCO2削減を達成するといった成果を出しているのですが、この「10年プロジェクト」はそれを全企業に拡大しつつ、家庭部門や交通部門や都市作り全体をも含めた対策とその実施を支援・促進するきめ細かな制度やメカニズムを提示しているのが特徴です。
まず、掲げている目標は「世界の先進都市に遅れまじ」という意気込みを感じさせる「2020年までに温暖化ガス排出量を2000年比で25%削減する」というもの。この目標値は、ロンドンの「2025年までに1990年比で60%削減」、パリの「2050年までに2004年比で75%削減」、ニューヨークの「2030年までに2005年比で30%削減」に並び立とうとするものでしょう。
日本政府は現在、2013年以降の地球温暖化対策の枠組み(ポスト京都議定書)交渉の中で「セクター別アプローチ」(*注1)を提唱していますが、京都議定書では米国や中国など温室効果ガスの大排出国が政治的思惑から削減義務を負わなかったという事実がありますから、確かに"公平性"を期すために技術的に削減可能な量を算出しそれを積み上げて削減目標を決めるというやり方は一理あるのかもしれませんが、温暖化の深刻化をみすえて「2015年から20年には世界のCO2排出量を減少に転じさせる必要がある」(『基本方針』2ページ)という認識を最優先させて自ら率先して大胆な削減目標を立てることが大事なのです。
東京都はこう宣言しています。「我が国においては、中長期的な削減目標も、実効性のある具体的な対策も、国からは示されていない。一刻の猶予もならない気候変動対策の強化を実現するために、都は国に代わって、この『東京都気候変動方針』の中で、世界最高水準の対策の実施を提起し、我が国の気候変動対策をリードしていく。」(同書3ページ)東京都のこの姿勢は他の自治体を刺激するだろうと思います。
*注1:産業を電力や鉄鋼、セメントなどの部門に分け、部門ごとに最新の技術を用いて今後削減できる量を計算する。それを積み上げて先進国の新たな削減目標を設定する。そしてある程度経済発展を遂げた途上国に対しては、先進国の指標をもとに、CO2削減のための技術の移転や資金の協力を進めつつ削減目標を定め、世界全体でのCO2排出を抑制していく。
(文/上田昌文)