子どものからだと心がおかしい!
身体が変わることで低下した“生きる力”
インタビュー:正木 健雄 先生
(日本体育大学名誉教授/子どものからだと心・連絡会議議長)
先生達が気付きはじめた異変
病気じゃないけど元気がない子ども達
先生は長年、子ども達の身体の変化についてたくさんのデータを集めてこられたわけですが、具体的にはどんな変化がいつ頃から起こっているのでしょうか?
「日本の子どもたちの身体の変化は、1960年から起こりはじめたと私は考えています。
問題が表向きになってきたのは1970年中頃、保育や教育現場の先生達の間で『子どもたちの身体がおかしい』という声が噴出し始めたことからでした。そこで、子どものからだと心・連絡会議では『最近増えてきているからだのおかしさ』について、1978年からほぼ5年おきに全国の保育所、幼稚園、小学校、中学校、高等学校の先生達へ実感調査を行いました。それによると、どの年代でも上位にくるのは『アレルギー』『すぐ“疲れた”という』『皮膚がかさかさ』といったものです。
実際、1998年に日本学校保健会が行った全国調査では、医師からアレルギーと診断されている子は40〜50%にもなっている。『皮膚がかさかさ』もアレルギーと関係している可能性は高い。つまり、先生達が感じている子たちの“おかしさ”は現実に間違いなく起こっていることなのです。
そして同じく上位にあがっている『すぐ“疲れた”という』ものもおかしなもので、どこがどういう風に疲れたのかを調べても疲れているところが出てきません。子ども達は疲れていないかもしれないのです。これに続いて『不登校』『首や肩の凝り』『頭痛、腹痛』が続く。こういった、わけのわからない不調が上位に出てきているのが目立った特徴です。
つまり、病気と健康のはざまにいる“病気じゃ無いけれど健康でもない”子どもたちがどんどん増えてきている。生き生きとした生命力に溢れた子が減ってきているというのが現状なのです」
それはお母さん達も何となく感じとっていることだと思います。
特にアレルギーは自分達の世代では極まれに見られることだったのに、今では過半数の子たちたちに見られること……。「おかしいな」とは誰もが思っていると思います。
「そうですね。子ども達の近くにいるおとなは少しずつこうした“おかしさ”に勘づいてきている。他にも『視力が低い』『背筋がおかしい』といった声が多く挙がっていました」
生き抜くための身体の力、”防衛力”が働かない子ども達
病気ではないからはっきりと問題として表面化しにくいということなのでしょうか?
子ども達の生きてゆくための力が衰えているということですよね。
「そうです。子ども達の“防衛体力”、つまり生き抜くための身体の機能が衰えている。それは血圧や体温の調節がうまく機能していないことに、はっきりと現れています。
今の子ども達は体温が低い、とよく話題にあがりますが、これは本当のことです。もっと正確に言えば、1日の体温の変動が激しく、気温に合わせて一定の体温に調節ができる『恒温動物』になりきれていない子が増えてきています。朝起きた時の体温は35度台で、午後になると37度台になっているという変温動物的な子たちがいるのです。こういう子ども達は、朝はなかなか身体を活動的な状態にもっていけず、だるさや眠気を訴えます。そして、暑いところで無理にトレーニングをさせると、熱を体外に放出できず、熱中症を起こす危険を孕んでいます。
血圧も同じように、血圧調節機能が悪い子は年令が大きくなるにつれ少なくなってゆくはずだったのが、現在では年令とともに調節の悪い子が増加しています。学校の先生達の間では、80年代から「朝礼で突然倒れる子が多い」という声があがりました。それはこういった身体の変化が根底にあるからです。
体温も血圧も、調節を司るのは『自律神経』です。いままでは放っておいても自然に育っていた自律神経が、うまく発達していないという状況です」
身体の調整がうまくいかなければ、だるさや疲れなどの不調も当然多くなる…生き生きとした毎日を送る気力も湧いてこないということですね。
キレやすい脳は発達の遅れから
「そうです。さらに、生き生きとした気力をおこさせない原因に「大脳前頭葉の未発達」があります。
最近、私たちの調査によって脳の『大脳前頭葉』が順調に成長していないということが明らかになりました。60年代の終わりには小学校高学年になるとほとんど見られなくなっていた『興奮する働きが強くない、抑える働きも強くないというしょんぼり型』の不活性タイプの子が、90年代に入ってからはほとんど減らなくなっています。つまり中学生になっても2、3割はこのタイプが存在しています。
これは女子にはあまりみられず、男子に顕著な現象です。一方で『抑えすぎる型』の子が少し現れてきました。このタイプは突然“キレる”ことがあります。つまり、現代は感情を出したり抑制する機能の中枢がある前頭葉が未熟なままの男の子が多いことをベースにして、“抑えすぎる”という発達のゆがみも出てきているのです」
何となく、昨今のニュースを見ているとうなずける部分がありますが…
順調に生まれない、育たない!? 男の子達が危ない
「男の子に関しての気がかりはまだいくつかあります。
まず、胎児にまでさかのぼってみますと、亡くなって生まれてくる男の子の割合が年々増加しているのです。1970年には女の子の死産100人に対して男の子の死産は132.2人だったのに、2003年には221.4人にもなっています」
約30年の間にそれだけ差がつくのはとても不自然ですね!
「まだ、他の国にはみつかっていないことで、異常な値だと言えます。環境汚染によって女の子と比べて不安定な男の子の細胞がもたなくなっているのではないかと思えてなりません。また、男の子だけに目立つ身体的な未発達として『足の“土踏まず”の形成不全』があります。女の子は30年と同じくらいに発達しているのですが、男の子は小学校2年生になっても3歳くらいの形成率なのです。また、女の子には少ない『肥満』も男児に不気味に増加しています。
大脳前頭葉と足の裏の発達不全、死産と肥満の増加……男の子が順調な発育をしていないのはなぜか?
それはこれから大きな問題になってゆくでしょう」
男の子をもつお母さんたちにとっては気になるお話です。
そうした多くの“おかしさ”の原因はわからないのでしょうか?
「「わけのわからない不調やアレルギーは、環境汚染や免疫系の異常の他、過剰なストレスや夜更かしによる身体リズムの乱れ、運動不足、自律神経の発達不全などが複雑に絡んでいると思います。
自律神経は熱さや寒さの経験の不足、快適すぎる生活のなかで衰えたと考えられるでしょう。また、前頭葉の発達不全は何かに夢中になるという経験の不足や興奮よりも抑制を先行させる生活環境…つまり、のびのびと自然の中で遊べなくなったことが大きいと思うのです。何かに熱中しない、受身の刺激だけでは“脳”はどんどん衰えてゆくものです」
防衛力を育む薄着、はだし、外遊び
ライフスタイルの変化が関係しているということですね。
ではライフスタイルを改善することでこういった身体の変化を改善したり、予防したりすることができるのでしょうか?
「全国調査のデータを見渡すと、体温や血圧の調節機能が発達していて防衛体力に優れた子ども達がいる学校があります。その学校では1日一回、外遊びをする時間をつくったり、薄着やはだしの習慣をつけさせたりしている。そういった学校の子ども達は、足の裏の発育もいい。また、腰の力を強化するために、学校全体でふき掃除を積極的に行っているところもあります。
また、脳の発育不全に対してのとりくみをしているところもあります。軽度の発達障害の子どもたちを自然の中につれていき、徹底的に遊ばせる。子ども達は土を触ったり、木に登ったり……自分の好きなところで好き勝手に遊びはじめます。しばらくすると、徐々に友だちを求めはじめ、次第にまとまって遊ぶ様子がみられるようになったそうです。また、手押し車を数分間やったり、勾配のある場所を登らせたりといった、腕を使う遊びをすることで発達が始まったという話もありました」
暑さ、寒さを体験させる大切さを見直そう
外で良く遊んで、身体を動かしたり、季節の気候の変化をよく感じ取れる環境に身をおくことが大切なのですね。
赤ちゃん時代にも何かライフスタイルのなかで気をつけることはありますか?
「自律神経の発達のためには、暑い時には汗をかかせ、寒さも早い時期から経験させてあげてください。快適な室温で生まれ育った赤ちゃんは暑さ寒さの経験もできず、体温調節機能が未発達のままに育ってしまいます。それでは恒温動物になりきれない。北海道大学の研究によると、生後3週間以内に『寒い』という経験をしない子どもは低体温の傾向になるということがわかっています。また、3歳までにたっぷりと汗をかく体験をしないと汗を出す働きが発達しないということも名古屋大学の研究でわかっています。適度な寒さと暑さの体験を、小さな赤ちゃんにもさせてあげて、体温調節の機能を獲得させてあげることが重要です。
あと、自律神経の良い子どもの特徴として、早寝というのが調査でわかっています。最近、夜更かし型の赤ちゃんが増えているとのことですが、遅くても夜10時前には寝かせる習慣をつけましょう。
また、ハイハイや動き出すようになったら『おにごっこ』をするといいですよ。本気で逃げまわったりするこの遊びは、危険な目にあうことの疑似体験。ハラハラドキドキすることで、自律神経が活発に働いて、防衛体力を発達させることになるでしょう」
家のなかをいつでも快適に保つことは、必ずしも赤ちゃんのためにはならないのですね。
暑さ寒さをなんとかやわらげてあげることばかり考えてしまいがちですが…。
「今は生活が豊かになりすぎて、身体の機能を使わなくてもなんとか過ごしてゆける。そのために、発達すべきところがしないままになっているのが今の子ども達です。今や、放っておいてはいけない問題になってきました。問題を直視して、子どもの発達を促す環境づくりを私たちは考えるべきだと思います。
そのためにも、私たちは子ども達の部分的な異変にこだわり、データを収集し、分析して全体像をつかみたいと考えています。身体にこだわって、身体のどこが変わってきているのかを現象としてとらえ、どう理解するのかが重要だと思っています」
ありがとうございました。
まとめ
私たちの気持ち一つでコントロールできる子育て環境
子ども達の身体と心の“おかしさ”を生み、生きる力を低下させているのは、おとなが用意した快適すぎる生活、自然の刺激がない生活であることがわかりました。
夜更かし、食べ過ぎ、運動不足…子ども時代の子どもらしくない生活は、不定愁訴や肥満等の子どもらしくない不調に結びついています。
季節の気候の刺激を経験させ、外で遊んで汗をかき、早寝早起きをする。生き生きとした子どもならではの生命力を育むライフスタイルを、わたしたちおとなは見直す必要がありそうです。
それは、私たちの気持ち一つでコントロールできる子育て環境です。