PART 2 地球にやさしい食育
農のある風景は、環境にやさしい
このように、地球温暖化によって日本の食料生産の現場は目まぐるしく変化しています。北海道や北東北など一部の地域ではお米、野菜、果樹の生産がしやすくなり、温暖化のメリットを受けることができますが、西日本では今後ダメージが大きくなることがわかります。この厳しい状況のなかで、生産者がこれからも農業を続けていくためには何が必要なのでしょうか。
「地球温暖化は確実に起こっていて、今後も気温は一定程度上昇することがわかっています。今必要なのは、温暖化に適した品種の改良と農業技術の開発です」と林先生。しかし、それだけでは不十分である、とも。「わたしたちが日々ごはんを食べることと温暖化が直接結びついている、ということを消費者が理解することでしょうね。農家の方と話すと、農業を続けることに不安を持っている方が実に多い。食べる側が環境のことを意識しながら、何を選んでいくかということが、今後ますます重要になってくると思います」
人が耕し、自らの食べるものをつくり出していく。食べたものはまた土に還る。農業は循環の要とも言える産業です。水田は水を蓄える機能を持ち水不足の対策になる、また水面からの水分の蒸発や熱を吸収することで気温を下げる効果があるなど、農業は温暖化時代の環境に対して非常に大切な役割を果たします。
IPCCの第4次評価報告書(第3作業部会)では、土壌にCO2を吸収する機能があることを例にあげ、「農業部門では全体としては低コストで大きな(温室効果ガスの)削減が可能である」と明言しています。
空飛ぶ食材…フードマイレージという考え方
39%、この数字は2006年の日本の食料自給率で、自分たちが食べる食べ物の半分以上を外国からの輸入に頼っている現状が顕著に現われています。この数字は、先進国の中でも最低レベルです。
私たちの食卓に食べ物が届くまで、いったいどれくらいのエネルギーが使われているのでしょうか。フードマイレージという言葉があります。輸入食料の総重量(トン)と輸送距離(km)をかけた数字で表され、輸送に係るエネルギーやCO2排出量のおおまかな目安になります。農林水産省によると、日本の人口1人あたりのフードマイレージは、先進国の中では断トツに高いことがわかります。自国内で食料を自給できないため、わざわざ遠い国から海を渡ってやってくる。そのために大量の化石燃料が投入され、CO2を排出しているのです。
エネルギーという観点から考えると、ハウス栽培も同様のことが言えます。ハウス栽培の場合、10のエネルギーを投入して生産できる農作物のエネルギーはたったの1程度です。
グラフ1 各国のフードマイレージの比較
田中哲哉「食料の総輸入料・距離(フードマイレージ)とその環境に及ぼす負荷に関する考察」
「農林水産研究」No.5、2003.12 出典:農林水産省ホームページより
「現代は、季節や地域に関係なく、食べたいものをいつでも、どこでも、安く手に入れることができます。しかし手軽さの反面、エネルギーを大量に消費している、そして温室効果ガスを排出しているという現状があることをぜひ知っていただきたい」。林先生は強く訴えます。
肉中心の食生活を見直す
もう一つ、忘れてならないのが飼料(牛や豚、鶏が食べるエサ)にまつわる問題です。昨年、アメリカ政府が石油に代わる燃料としてバイオ燃料を推進する政策を発表したことから、バイオエタノールの原料であるトウモロコシの値段がたった半年間で倍近く急騰。バイオディーゼルの原料である大豆もそのあおりを受け、値段が上がっています。これによって畜産飼料の値段が上がり、畜産農家の経営が圧迫されているのです(さらに、油脂を使う食品−ポテトチップス、マヨネーズ、食用油なども値上がりしています)。
肉をつくるにはたくさんのエサが必要です。牛肉を1kgつくるのに必要な穀物の量は約11kg、豚肉は7kg、鶏肉は4kg(卵は3kg)。牛肉の場合は育てる期間が長く、エサの生産も含めて水、エネルギーを大量に投入しなければなりません。そのうえ、日本は畜産飼料のほとんどを海外に依存しています。2005年の飼料の自給率は25%で、肉牛や豚などのエサになる濃厚飼料(トウモロコシなど)に至ってはたったの11%。飼料を輸送するエネルギーも相当な量になります。
「エネルギーのことを考えれば、肉よりも魚中心の食生活の方がいいといえるでしょうね。魚であれば基本的に日本近海で採れたものですし、和食中心の献立になります。ハンバーグやポテトフライの食事よりも、ごはんと焼き魚、味噌汁、そして旬の野菜中心の食事の方が、圧倒的に自給率が高いと言えます」
食卓の自給率を意識すれば、自ずとヘルシーでバランスの採れた食卓になると、林先生はアドバイスします。
地球にやさしい食卓は?
「身土不二」。身体と土は不可分である、この考え方はまさに温暖化時代の食生活のあり方を体現しているといえるでしょう。今風の言葉に替えると、「地産地消」と言い表せます。
野菜や果物、そして魚にも旬があります。そして、採れたてのものは何よりも美味しい。近くで採れたものなら新鮮なうちに食べることができ、食卓に届くまでのエネルギーも最小限です。そして、食料自給率の向上にも貢献するのです。
林先生は「子どもは親の食生活をみて育ちます。親が何を選んで食べさせるかが、未来の子どもの食生活にとって重要なのでは」と話します。まさに、日々の食卓自体がいちばんの食育なのです。
どこで誰がつくったかわからないものよりも、地域の人が心をこめてつくった食べ物を食べさせたい。地場の食べ物にはその土地の歴史や農法が息づいており、郷土料理は食文化そのものと言えます。一つの食材をとっても、さまざまなことを学ぶことができるのです。
温暖化時代の食育は、まずは自分の足下を大切にすること。一つひとつの積み重ねが、地球規模の環境問題の解決に結びついていくのです。
(取材協力/林 陽生)
農林水産省 食料自給率の部屋
各地の食料自給率向上に向けた取り組み事例や、日本や世界の食料自給率のデータ、最新情報など。