田んぼで学ぶ食の多様性
食と環境をつなぐ活動の一環として、「NPO法人みんなの食育」では「食農体験」に力を入れています。田んぼに入ることで見えてくる、食と生物の多様性。子どもたちに伝えたいほんとうの食育とは何かを考えてみます。
「食育」って、そもそも何?
「NPO法人みんなの食育」理事 金子朝江さん
朝ごはんを食べない、味付けの濃い外食や加工食品、ジャンクフードに偏った生活、塾や習い事で忙しく家族といっしょに夕食を食べられない子どもたち……。
日本政府が「食育基本法」を制定したのは、2005年のこと。その前文には
「子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも『食』が重要である。」と記されています。そのうえで、「さまざまな経験を通して食に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる食育を推進することが求められる、としています。
「食育とは、それを推進する組織や団体によって幅があり、とても広い概念です。私は、料理講座や栄養についての知識を発信するだけではなく、日々の食卓から社会で起きているさまざまな事象に対して“気づき”を持ち、自然や命の鼓動を実感して、生き方に反映させてくれる人を育てることが食育ではないか、と考えています」
こう話すのは、「NPO法人みんなの食育」理事の金子朝江さん。2003年6月に活動を開始したNPO法人で、生協などの消費者団体や、学校、企業などと連携して、啓発活動、食育体験ツアーや食育に関する書籍の執筆、講座などを通して食の大切さを伝えるための人材育成を行っています。また、東京・大井町の商店街の一角で、食に関する情報発信やキッチンスペースの貸し出し、こだわりの食材や食品の販売などを行う「みんなの食育ステーション in 大井町」を運営し、地域社会の活性化にも一役買っています。
つくる場と消費する場をつなぐ「食農体験」
「NPO法人みんなの食育」では、2008年より神奈川県の中央部・愛川町の環境市民団体「あいかわ自然ネットワーク」と協働で、年間通して米づくりを行う「食農体験」ツアーを始めました。食材を「つくる場」と「消費する場」があまりにもかけ離れている現実に、一年を通して日本人の主食である米がどのようにできるのかを見、聞き、ふれ、体験してほしい……との思いからです。
たんぼの学校:田植えの頃
食農体験では、田植えだけ、収穫だけといった単発のイベントは行いません。田んぼに苗床をつくり、田起こし、田植え、草取り、収穫まで、年間5〜6回の農作業を行います。2008年は2歳から91歳までの約20名が参加し、愛川町の中津川と八菅山(はすげさん)に囲まれたエリアの3カ所の田んぼで農作業を行いました。そのうち1カ所の田んぼが野生のイノシシによる被害で全滅してしまったといいます。
「自然を相手にする農業は、つらいこと、思わぬ出来事があります。今回、野生のサル対策をしたり、田んぼが1カ所全滅したことは、むしろよかったことと考えています。予定外のことが起こり得るというのも、農業の一つの側面ですから」と、金子さん。田んぼではかかしづくりも行いましたが、昔の人がいかに台風や虫、野生動物の被害から田んぼとお米を守りたいと願ってかかしをつくったのかがわかる、といいます。
参加者の中には、2歳と5歳の子ども連れのご家族がいました。収穫の際、2歳の子どもが稲の束を持ってはさ掛け(刈り取った稲を木組みの枠に立てかけ乾燥させること)のお手伝いをし、みんなからたいへん褒められたそうです。それがその子の励みになり、お兄ちゃんともども、来年もお米づくりがしたい! と張りきっているそうです。
農作業は決して楽な仕事ではありません。田んぼを水で満たすためにはいかに水路から水を導いていくか、一枚の田んぼの草を取るとどれだけ腰が痛くなるか、稲刈りだって相当な力仕事です。金子さんは、「農業体験を一生懸命やることで、子どもも大人も達成感を味わい、自信をつけるチャンスにつながる」と話します。
農作業で見えてくる、自然の美しさと多様性
食農体験の舞台となった中津川流域の田んぼ周辺は、本州にはほとんど存在しない絶滅危惧種「イトアメンボ」など、レッドデータ種も多く存在する、貴重な自然環境が保たれています。あいかわ自然ネットワークの大木悦子さんは、「生物の生態系を調べていったら、農薬をほとんど使わず、有機肥料を用いて化学肥料を減らした田んぼの周辺では豊かな生物環境が残っていたことがわかりました。私たちは、生物の動態から食の大切さを教わったのです」といいます。
田んぼの畔にはさまざまな草が生えています。例えばカンゾウは鉄分が豊富で、バター炒めにするととても美味しく食べられるそうです。タゼリがあれば、おひたしにしてほろ苦さを味わう。また、ドジョウやイナゴなど、食べられる生物も豊富です。イナゴの佃煮などは、お父さん方が喜んで食べたそうです。
「田んぼからお米をつくるということだけではなく、田んぼの生き物が豊かな食材につながっているという、生物連鎖に対する感覚を子どものうちに養うことができれば、将来、それがどこかで生きてくるのでは」(大木さん)
金子さんと大木さんは、これからの食育では「食」だけを切り取るのではなく、自然の豊かさの中で生命が育まれる環境を残し、伝えていくことが大切ではないかと考えているそうです。