赤ちゃんの心のめばえと発達Part.3
早期教育とテレビゲームの是非
最近では子育てについて、さまざまなことが言われます。「赤ちゃんは『無限』の能力を持っているので、将来、成功するかどうかは赤ちゃん時代の『教育』にかかっている」などと超早期教育の必要性も強調されます。
「科学データに基づいたもの」という看板を掲げるものもありますが、鵜呑みにすることは禁物です。私たちが目にするそれらの広告のほとんどは、「都合のよい部分だけの引用」だったり、「無理な拡大解釈」のどちらか、あるいはどちらもがなされているのです。
赤ちゃんの脳研究は本格的に始まったばかりで、脳の機能についてはほとんど何もわかっていません。それに、そもそも「科学データ」というのは、その後の研究で覆される可能性を常に持っています。親御さんには、そうしたことを頭に置いていただきたいと思います。
「テレビゲームは、正常な発達を阻害するから見せないほうがいい」という議論もあります。しかし、これも実証的な研究に基づいたものは多いとはいえません。
私の研究室で、おもに大学生を対象にテレビゲーム使用時の脳の活動変化を計測したことがあります。その結果わかったのは、テレビゲームをやっているときは開始前と比べて、脳の前頭葉の血液量が低下したことでした。
ただし、「低下したから、正常な発達を阻害する」と一概に結びつけることはできません。ゲームをやめると脳活動はすぐにもとに戻っています。もしかしたら、脳は「休憩」しているかもしれないのです。テレビゲームと脳活動との関係はまだまだわからないことが多いといえます。その関係を明らかにするには、さらに多くのデータを積み重ねていく必要があるのです。
ただ、「常識的」に考えて、朝から晩まで一日中、テレビゲームをやっているというのは、発達にとって良くないことは明らかでしょう。テレビやビデオも子どもに見せっぱなしにするのではなく、親が話しかけながら、ともに楽しむほうがいいでしょう。私も娘といっしょに時々、アニメを見ています。登場人物のセリフを言い合ったりして楽しんでいます。テレビなどのメディアとつき合う際には、親子でコミュニケーションをとることを大事にしていただきたいと思います。
親も「実験」を通して、赤ちゃんの心に迫ってほしい
これまで赤ちゃんの心のメカニズムについて、わかってきたことをお話してきました。世界中の研究者が研究に取り組んでいますが、しかし、まだまだわからないことのほうが多いのです。本格的な研究は始まったばかりなのです。
私は、「赤ちゃん研究をやってきて本当に良かった」と思えるときが、2つあります。1つは、実験をする前には予期できなかった意外な結果が得られたとき。もう1つは、研究室に来てくれた赤ちゃんがにっこり微笑んでくれたときです。
赤ちゃんの「実験」は、身近に子どもがいれば、一般の家庭でも簡単にできます。先ほど紹介した「舌出し」の実験もそうです。他にも、風船を使って長期記憶を調べるもの、ハンカチとおもちゃを使う「宝さがしゲーム」で物理的知識を調べるものなど、たくさんあります(くわしくは『
日曜ピアジェ 赤ちゃん学のすすめ』
をご覧ください)。
いずれも実験というより、遊びに近いものです。多くの親御さんに、赤ちゃんの心のメカニズムにふれる体験をしてほしいと思います。ビデオや写真撮影からは得られない、たくさんの発見と感動が必ずあるはずです。
「赤ちゃんは生まれたときから、あるいは胎児の頃から初期知識を持っています」。開先生のお話から、赤ちゃんがすでにすぐれた能力を持っていることがわかります。赤ちゃん実験を通して、そのことが実感できれば、明るい気持ちで子育てに臨めるのではないでしょうか。
巷で騒がれている「早期教育」や「テレビゲームの功罪」についても、「『科学的データに基づいている』という言葉に惑わされず、客観的な目で判断してほしい」と開先生は言います。「わが子といっしょに実験をやってみて、『なんだ、あの広告はウソじゃん』と見破ることができるかもしれません」。赤ちゃん実験は、私たちの「科学リテラシー」を身につけることにもなるのです。
子どもと楽しみながら、実験をやってみる。すると、子育ての中に新たなシーンが生まれます。それは、きっと親子のコミュニケーションをより豊かにするはずです。
(談/開 一夫・東京大学大学院総合文化研究科助教授)
■赤ちゃん実験の注意
「実験するときは、赤ちゃんのことを最優先に考えてほしい」と開先生は言う。
以下、注意すべきことです。
○赤ちゃんが集中して実験に打ち込んでくれるのは、せいぜい10分程度。
○1日のうちで最も機嫌がよいと思われるときに行う。
○途中で泣いたり、いやがったりしたときは、別の日にチャレンジ。
○実験中は赤ちゃんの気が散らないように、
(テレビを使う実験以外では)テレビなどのスイッチは消す。
日曜ピアジェ 赤ちゃん学のすすめ (岩波科学ライブラリー)
誕生から2歳前までの「赤ちゃん」の心のメカニズムを、わかりやすく解説している。「0歳児が「ものまね」をする?」「宝さがしゲーム」など、自宅で簡単にできる赤ちゃんの「実験」をイラスト入りで紹介。親が子どもといっしょに楽しみながら、心のメカニズムについて考えるきっかけを与えてくれる。
タイトルの「ピアジェ」は、スイス出身の著名な心理学者の名前である。ピアジェは自分の3人の子どもを対象にして実験を行い、理論を生み出したといわれる。「つかの間の休日、どうぞピアジェになった気分で、赤ちゃんと向き合ってみてください」と開先生は綴っている。
開先生の「赤ちゃん実験」体験者の声
babycomのベビークラスに通う二組のママと赤ちゃんが、「赤ちゃん実験」を体験してきました。場所は、東大駒場キャンパス内の「赤ちゃんラボ」。緑の豊かなキャンパスは赤ちゃんとの散歩にも最適な環境。
赤ちゃんラボは、開先生の研究室が行っている赤ちゃんの調査・研究プロジェクト。赤ちゃんにビデオ映像などを見てもらい、そのときの反応(見ている場所や時間、脳活動など)を調べるなど、さまざまな実験を行っています。
伊東陽子さん&駿ちゃん(10か月)
大変貴重な経験が親子でできたなあと思いました。私が予想していた反応とちょっと違うこともあり、駿の意外な表情も知ることができました。帰宅後も興奮気味に、大きな声を出して「キャッキャッ」言ってました。夜はバタン・キューといった感じで眠りにつきました。
※赤ちゃんがテレビと現実を区別しているかどうかを、注視時間を指標にして調べる「行動実験」に参加。
はじめての経験でしたが親子で楽しく参加できました。脳波ネットをつけてもリラックスしてくれたので安心しました。家に帰ってからは、普段より元気でご機嫌だったのでびっくりしました。貴重な体験でき、とてもいい記念になりました。
※赤ちゃんがテレビもしくは実物のイベントを見ているときの脳活動(脳波)を調べる「脳計測実験」に参加。