赤ちゃんの心のめばえと発達Part.2
「鏡に映っている自分」がわかるのはいつからか?
「赤ちゃんは、鏡に映っているのが自分自身と認知できているのか」という実験も行ってきました。
自分がからだを動かせば、必ず鏡の中の「自分」も同時に動きます。これを「同時性」と呼ぶことにします。同時性がなければ鏡の中の「自分」を自分自身ととらえることはできないかもしれません。赤ちゃんは、この同時性をどうどらえているのかを調べてみたのです。
赤ちゃんの前に、2つの画面を示します。ひとつはCCDカメラで撮った赤ちゃんの足の動きを「ライブ映像」で、もうひとつは特殊な機械を使ってライブ映像を2秒だけ遅らせた「遅延映像」で流しました。そして、どちらの注視時間が長いかを測ってみました。
4カ月から7カ月の赤ちゃんを中心に実験したところ、4、5カ月児ではライブ映像も遅延映像も注視時間はほぼ同じで、区別して見ているとは言えませんでした。ところが、6、7カ月児は遅延映像を長い時間見ていたのです。このことから、生後6カ月ごろから鏡の中の自分を認知し始めていることがわかるのです。
生まれたときから持っている「初期知識」
以上の実験は、「間接的指標」と呼ばれる方法です。赤ちゃんの一般的性質、「目新しい刺激に対して注意を向ける」「くり返し刺激には飽きが生じる」を利用したテストです。
もうひとつ、現在の赤ちゃん研究で用いられているテスト方法に、「直接的指標」と呼ばれるものがあります。「赤ちゃんがまねをするかどうか」「目の前でおもちゃを隠して、それを正しい場所から探したかどうか」など、赤ちゃんの行動が直接調べたい事柄と関連しているものです。
たとえば、生後1カ月ぐらいまでの赤ちゃんに向かって、「普通の顔」を30秒見せたあと、舌を出したり引っ込めたりする顔を15秒見せます。そして、その後、再び「普通の顔」を15秒見せます。これを3セットくり返して、赤ちゃんの反応を見るのです。すると、生後2〜3時間の新生児でも、動作をまねるという実験結果が出ています(※3)。
まねするためには、「まねする」側(赤ちゃん)が、「まねされる」側(モデル)のからだの動きを視覚で認識し、それに対応する自分のからだの部位を動かす必要があります。生まれたばかりの赤ちゃんは、鏡などで自分の顔の動きを見たことはありません。「こう動かせば、どうなるか」と学ぶ機会がないにもかかわらず、口や舌をまねして動かすことができるのです。
つまり、赤ちゃんは白紙の状態で生まれてくるわけではない。「初期知識」として、すでに多くのものを持っていることは明らかです。これらのことは、生まれてから学習して得たものではなく、ヒトが長い進化の過程で獲得してきたものといっていいでしょう。
※3…赤ちゃん研究者のメルゾフとムーアが1977年に発表した調査結果。
(談/開 一夫・東京大学大学院総合文化研究科助教授)