アメリカの家族観の中で
不妊治療の取材の途中、養子縁組みの話はあちこちで聞いた。「最近は中国からの縁組みがはやり」と言う人もいた。エージェントは国や州といった公共の団体が行なっているものから、企業までさまざま。インターネットでも積極的に情報提供をしている。
そうした中には、20人ほどのグループで中国に縁組みに行く団体旅行を企画しているところもあり、赤ちゃんたちは集団で海を越えてくる。
アメリカは昔から、子どもがいてもいなくても、養子縁組みは一般的に行なわれてきた。子どもがいる夫婦が、海外から養子を迎え入れるということもよくある。血縁や人種に対するこだわりはさほど強くないというお国柄なので、日本とは家族観がかなり違うようだ。
アメリカはカップル思考が強い国でもある。夫婦はつねにいっしょに出かけ、パーティーなどもカップルで参加するのはあたりまえのこと。お産に夫が立会うという概念も、主にアメリカから世界に広がっていったものだ。
日本と同じようにキャリアを優先する女性が増え、晩婚化は広まっているけれど、結婚して子どもができると、仕事より家族を優先するファミリー派はとても多い。
「仕事がいくら忙しくても、子どもの用事を最優先します。週2回の娘のお稽古ごとの送り迎えは、ぼくの仕事」(会社員、ボストン、40代男性)
「仕事はできるだけ定時に終わらせ、家に帰ったら、すべての時間は子どものために使う。寝るときは、必ず本の読み聞かせをしています。家庭では自分の時間はないですね」(大学教授、ボストン、40代女性。)
一方、そうした家族を第一に考える家族観が、子どものいないカップルにプレッシャーを与えていることもあるという。
「職場の机の回りに、子どもの写真をたくさんはっていて、いつも子どもの話題ばかりする同僚がいました。悪気はないと思うのですが、それが耐えられなくて転職しました」という不妊治療中の女性の声も聞いた。
養子縁組みは日本でも行なわれているが、その手続きは複雑で、母親が専業主婦であることが前提になるなど、条件が厳しい。また、血族を重んじる日本社会の中では、あまりなじみがないという状況もある。
アメリカでは子どもをもつ選択として、卵ドナーや、州によっては代理出産という選択肢が可能なところもある。しかし、アメリカのこうした実情は世界的に見ても特別で、そうした選択や治療法は一方でビジネス化し、生殖医療はオープン市場になっているとも言える。不妊治療はもちろんのこと、子どもをもつという選択もまた、アメリカ経済のあり方の延長線上にあると言えのかもしれない。けれど国が違えば、文化も考え方も異なってくる。家族観も違う。
科学や情報が発達した現代だからこそ、人間の手で授精が可能になり、遠い国の子どもとの養子縁組みも可能になった。こうしたことは人類の歴史はじまって以来のことだ。
便利で合理的であるかもしれないけれど、はたしていのちはお金に代えられるのだろうか。
取材:きくちさかえ(2002年12月)