2.小さな赤ちゃんのリスク
最近注目されている学説に、「
成人病胎児期発症説」(バーカー説)があります。これは、胎児期の栄養不足によって、小さく生まれた赤ちゃんは、大人になってから、高血圧や心臓病、糖尿病などの成人病のリスクが高くなる、というものです。英国サウザンプトン大学医学部のデイヴィッド・バーカー教授が20年ほど前から提唱し始めた説で、欧米では数々の研究や疫学調査が大規模に行なわれ、現在では定説となりつつあります。
小さく生まれた赤ちゃんは、大きな赤ちゃんに比べて体が弱く、周産期死亡率に差があります。これは、誰もが理解しやすいことですが、「生まれてから何十年も経ったあとの病気のリスクまでが高くなる」という説は、なかなか受け入れ難いかもしれません。これについて、東京大学大学院助教授の福岡秀興先生は次のように語ります。
「ひとつの例として、胎児の腎臓が作られていくある特定の時期に、栄養不足が起こると、腎臓糸球体(腎臓にある毛細血管のかたまり。血液を濾過して尿のもとを作る)の数が少なくなります。いったん減った腎臓糸球体は、再び作られることはありません。生まれたあとは数が増えることはないので、ひとつひとつの糸球体には大きな負担がかかることになり、その負担に耐えられなくなると、障害が出てきます。
細胞が少なく、臓器に無理が利かなくなると、病気にもかかりやすくなります。この影響は中年以降になって現れます。つまり、胎児期の栄養状態は、中年以降の病気にまで影響を及ぼす可能性があるのです。なお、交通事故死した人の腎臓を調べた研究では、腎臓糸球体の数が減っている人は、生まれたときには低体重だった人が多く、この人たちは高血圧を発症していたといわれています。
それだけではありません。栄養不足にさらされた胎児は、とりこんだ栄養を節約して使うように体内の代謝系が変わります。少ない栄養でも生きていけるように体の代謝系を変えてしまうのです。いったん胎内で作り上げられた代謝系は、生まれたあとも変化しないことが明らかとなってきました。そのため、生まれたあとの栄養状態がよければよいほど、太り過ぎや成人病などを起こしやすい体質をもって一生を過ごすことになるのです」。
成人病胎児期発症説について
『胎内で成人病は始まっている 〜母親の正しい食生活が子どもを未来の病気から守る』
デイヴィッド・バーカー著 福岡 秀興 監修・解説
ちょっと過激なタイトルですが、著者が私たちに訴えようとしているのは、副題にある「母親の正しい食生活が子どもを未来の病気から守る」という点。著者である英国サウザンプトン大学医学部のデイヴィッド・バーカー教授は、20年も前から「成人病胎児期発症説」を唱え、大規模な疫学調査を重ねて、入念に検証しています。
胎児期の栄養不足が原因で小さく生まれた赤ちゃんは、少ない栄養でも生きていける「倹約型」の遺伝子をもって生まれてくるため、栄養豊富な現代生活の中では、成人病のリスクがより高くなる、という「成人病胎児期発症説」(バーカー説)と、それを裏付ける数々の調査は、かなりの説得力を持って私たちに迫ります。
妊娠適齢期の女性の多くが、10代からのダイエットを経験しており、妊娠中も厳しい体重コントロールが行なわれがちな日本の現状を考えると、この本の内容はかなり衝撃的。しかし、そこで改めて気づくのは、妊娠中も、そうでない時期も、たいせつなのは「バランスのとれた食事」であるということ。この当たり前のことを軽視してきたために、生まれてくる赤ちゃんの将来にまで暗い影を落とすとしたら? 私たちの生活の基本である「食」について、改めて考えさせられる一冊です。