赤ちゃんの心のめばえと発達Part.2
赤ちゃんにも「社会力」がある
「人間は社会的動物である」と言われるように、そもそも人が生きていく上で最も大切なのは、さまざまな人たちといい関係をつくりながら、スムーズに楽しく生活することです。そして、知恵を出し合い、よりよい社会をつくっていくことです。「人が人とつながり、社会をつくる力」という意味で、私はこれを「社会力」と呼んでいます。
ヒトは生まれた直後から、この社会力を身につけ始めているといえます。生まれてすぐの赤ちゃんでも母親の顔の方を向くことは、子育てを経験している方の多くが知っているでしょう。
新生児の研究によって、赤ちゃんは社会力のおおもとを培う高度な能力を備えていることがわかっています。大人の顔を見分けたり、ヒトの声を正確に聞き分けて同じ音を自分でも声に出すこと。大人たちが笑い声で話しかければ、自分も笑いの表情をつくって反応すること。まわりにあるモノを手や指で差して大人たちの答えを促し、親の目線をたどって自分も同じモノを見ることなど、誰に教わることもなく、やすやすとできます。
つまり、赤ちゃんには、すでに「社会力」の素が育っているといえるのです。とりわけ、0〜3歳ぐらいの時期は、高度な対人応答能力をフルに稼動させることで社会力の原動力が作られる大切な時期です。
人間の脳は、社会的な動物になるためにある
社会力の下地になるのは、「心の理論」すなわち他者を認識する能力や他者に共感する能力です。
たとえば、共感というのは、相手を思いやるとか、誰かのために行動することだけではありません。直接知っているかいないか、自分の目の前にいるかいないかにかかわらず、常に誰かのことを心にかけていることなのです。
間接的に知っていたある男性が交通事故で妻と子どもを残して亡くなったと聞けば、残された奥さんと子どもはこれから生活が大変だろうなあと心を痛めるとか、アフリカの国が旱魃で食糧不足だとニュースで知って、何とかできないものかと頭を悩ませる。社会力というものが、かなりの高度な能力だということがわかると思います。
英語が話せるとか、むずかしい数学の計算ができることよりも、社会力のほうがずっと高度な能力だということは、最近の脳科学の研究でも明らかになってきています。
「人間の脳は、社会的な動物になるためにある」ということが定説になっています。「人間の脳が大きいのは、人間は社会をつくり、社会の生活の中で生活する以外に生き延びることができない動物だったからだ」と説明されているのです。社会の中でさまざまな人たちといい関係をつくり、スムーズに生きていくためには、性能のいい脳が必要なのです(※3)。
ただ、こうしたすぐれた能力も、大人たちの働きかけがなければ育つことはできません。オオカミに育てられた野性児に言葉を教えたり、人間とのかかわり方の訓練をしても、まともな社会生活を送れるようにはならなかったという例があるように、生まれた直後からの、人間との直接的な交わりや大人からの働きかけや応答がきわめて大事なのです。
※3…社会生活を営んでいるときに、人間の脳のどの部分が、どのように働いているのか。社会力と脳機能の関連を解明するため、脳科学者たちとの共同研究を、門脇先生は現在、進めているという。
子どものほんとうの友だちは大人
もともとヒトは先天的に、社会力を培い育てるために必要な高度な対人応答能力を持っている。ところが、今の子どもたちは、その高度な能力を発揮する機会が与えられていない。その結果、社会力のおおもとが育たなくなっている。大人たちがやるべきことは、子どもが本来、備えている大人とかかわるためにある高度な能力をフルに稼動させる環境を用意することでしょう。
そのためには徹底して子どもとかかわり、適切な「応答」をくり返すことです。ただし、あらたまって何かを意図して行う必要はありません。赤ちゃんが自分の方を向いて笑えば、自分も笑いかけ、抱いてやったり、声をかけてやる。何かに向かって手を差し出したら、「これはネ、ミカン。これがほしいの」と手に持たせてやる。「コレ、なあに」と子どもが聞いたら、わかりやすく、しかも赤ちゃんコトバではなく、大人の言葉で答えてやる。そうした当たり前のことを手抜きをしないでやればいいのです。こうした親(大人)との直接のやりとりが、社会力を培うもっとも大事なことなのです。
地域で子育てをすることも大切です。東京・世田谷区に「羽根木プレイパーク」という、地域の大人たちが子どものためにつくった冒険遊び場があります。ここでは子どもたちは焚き火をしたり、高い木に登ったり、水遊びや泥遊びをしたり、からだを使って自由に遊んでいます。
「テレビゲームをやっているより、こっちのほうが面白い」と子どもはそこに通う。その姿を見た母親も、「あんなに喜んでいくところって、どんな場所なんだろう」とついていく。日曜日には、「俺も行く」と父親もくっついてくる。敬老の日にお年寄りを主役にしたイベントをやれば、おじいさんやおばあさんも出かけるようになる。地域の子どもと大人が出会う場になっているのです。
子どもたちは年の離れた友だちや、親以外の大人といっしょに遊ぶことができる。誰々さんちのおばあさんと、誰々さんちのお父さんが話しているのを見て、つき合い方も学んでいく。さまざまな人たちと直接かかわり、いっしょに同じ体験をする。人と人とがかかわる様子を自分の目で実際に見ることで、社会力が育っていくのです。公園や児童館、公民館などを利用して、地域の大人と子どもが交流する場をつくって、参加することをお勧めします。
子どもの社会力を身につけるには、生まれたときから生身の人間とりわけ大人とのかかわりを増やす以外に方法はありません。「子どものほんとうの友だちは、私たち大人なのだ」と意識していただきたいと思います。
「赤ちゃんとの日頃のやりとりが、実は子どもの社会力を引き出している」という門脇先生のお話には、子育てで大切にすべきことがあらためて感じられます。
「社会力こそ、生きる力の核になるものです」と門脇先生は言います。「他者を理解し、共感し、協力して何かをやる。一人ではなく、さまざまな人たちと協力しながらいっしょにやることこそ、生きていく上でもっとも大切なのです」
子どもの社会力を育てる上でも、そして、親自身の大変さを考えても、子育てを一人で背負い込むことは好ましくありません。家族や近所、地域の人たちといっしょになって、子どもと関わり合う。そうした場をつくることで、子も親も豊かに成長できるのではないでしょうか。
(談/門脇厚司・筑波学院大学長)
●Column「じゃれつき遊び」で脳を鍛える
「じゃれつき遊び」とは、子どもたちがからだをくすぐり合ったり、持ち上げたり、取っ組み合うなど、からだを使う遊びである。栃木県宇都宮市のさつき幼児園では、毎朝、このじゃれつき遊びを行っている。子どもたちは面白がって、大騒ぎになり、保育士によると、この遊びをしているときには、子どもの「目がキラリと光る」という。
日本体育大学名誉教授で、子どものからだの発達を長年、調査・研究している正木健雄先生は、この現象を次のように述べている。
「この『目がキラリと光る』というのは、じつは大脳の前頭葉がとても働いているときの現象なのです」「この遊びで育った前頭葉の『興奮』と『抑制』の強さは、(子どもたちに)すばらしい集中力を育ててくれます」(正木健雄・井上高光・野尻ヒデ『脳をきたえる「じゃれつき遊び」―はじめて出会う育児シリーズ 3~6歳 キレない子ども 集中力のある子どもに育つ』小学館、2004年より。カッコ内は引用者)。
からだを使った遊びが、子どもの脳を発達させることを物語っている。