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世界のお産と育児事情 きくちさかえ海外リポート
赤ちゃんはかつて、世界中どこでも、自宅で生まれていました。そんな伝統的な出産が、今も残っている地域があります。
世界の伝統的な、自然のままのお産を紹介します。

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状況、情勢が変化しておりますので、参考情報としてお読みください。

ミクロネシア:Part2 「究極のターミナルケア」

クロネシア

ウォレアイに滞在してちょうど1週間が過ぎようとしていた頃。いつもいっしょに小屋で寝ていたティアーナという女性が小さな声で「親戚のおじさんが病気なので、行かなくちゃ」と言う。その晩から彼女は帰ってこなくなった。わが家のお母さんも病人の家に通いだし、その日から周りの女の人たちは、なんとなくセカセカした状態になっていった。

次の日、お母さんが「いっしょに病人のお見舞いにいこう」と私を誘ってくれた。病人の家は石の土台の上に建った木造の比較的大きな家だった。家の端から入ると、中にはすでに15人くらいの人がヤシの葉でつくった敷物の上に座っている。部屋の中央には、布団に寝た老人が横たわっている。やせ細った老人は、娘や親戚の女性たちに囲まれていた。その老人は、すでに1年ほど前からガンにおかされ、ほかの島で治療も受けていたが、島に帰ってからは寝たままの生活だったという。急に様態が悪化したのか、親戚が集まってみんなで看病する体制に入ったのだ。

老人のすぐそばにいる人たちは、ヤシの葉でつくった団扇であおいだり、老人の背中や肩をさすったり、ときどき声をかけたりしている。そのひとりに前述のお産を介助した産婆がいた。彼女の表情はとても深遠で、どうどうとして、実にカッコよかった。看護人たちを囲むように、人々が次々と集まってくる。
40人くらい集まったころ、だれからともなく歌が聞こえてきた。すると、それに呼応するように、たくさんの人が歌い始めたのだ。それは、教会で歌われる聖歌だった。島はキリスト教信仰なのだ。あたりは次第に暗くなっていく。

想像してみて欲しい。闇の中で、中央に死にゆく人を囲んで、裸の老若男女がひと部屋に40人も集い、南国の島らしいのんびりしたメロディーを口ずさむ様を。褐色の肌が、裸電球の淡い光の中で揺れている。その歌声は、チベットの死者の書のように、老人の魂を癒しているのだった。

私は毎日その老人の家に通うようになった。いつも後ろのほうで、遠くから眺めているだけだったけれど、帰る日には一番前の席を与えられて、初めて団扇で老人をあおぐ役をいただいた。そして帰る間際、老人の手を握ってお別れを言った。老人の意識ははっきりとしていた。家族の人が「この人は、今日のヒコーキで、日本に帰るんですよ」と言ってくれたので、老人は私のほうをジロッと見て、「また、くるか」と言った。なんとそれは、耳慣れた日本語だった。
このターミナルケアは、その後もずーっと毎日続き、人々が集まりだしてから40日後に老人は亡くなったと、最近風のたよりで聞いた。島では、こうしたターミナルケアが年間2〜3人あるという。人々は子どものときから、老人たちの死を生活の中でじっくりと見つめ、死者を送ってきたのだった。

私たちは生活の中で、生も死も見ることがなくなってしまった。血生臭いあまりにリアルな体験だから、とりあえず医療の中に預けて直接関わることを避けてきた。仕事やら学校やら何やらで忙しいから、そんなことに関わる時間の余裕もないのだろう。でも、それを避けてきた人々と、しっかり見つめてきた人々の違いは、その本来の意味を十分わかっているかどうかなのではないか。

私はこの島で、自分の腰巻きを買ったとき以外、2週間いっさいお金に触ることはなかった。私の生活は島の人の善意に支えられていた。お金で買えるものはなく、そこにあったのはお金に変えられないものばかりだった。

お金や物に還元できないことなど、現在ではまったく価値のないものとされているけれど、それを見つめ、感じることで、新しい世紀に必要な智恵が湧いてくるような気がする。

生と死はキーワードなんだ。

1999年 きくちさかえ記

「世界お産」生まれやすい国ニッポンへ!
著)きくちさかえ 2019年


30年間で18ヵ国を巡り、取材・撮影のフィールドワークを続けてきたきくちさかえ氏が送る、出産の現状と問題提起。


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