1.不妊と選択--
不妊治療/子どものいない人生/養子縁組/里親制度
近年、「結婚する/しない」「子どもを持つ/持たない」など、様々な生き方が社会で認められるようになってきたようにみえます。しかし、その反面、依然として結婚して子どもを持つ生き方が望ましく、一般的であるという考え方も残っているようにも思われます。
このように相反する意識が並存する複雑な状況の中で、不妊当事者の方たちは複数の選択肢、例えば不妊治療、子どものいない人生、養子縁組、里親制度の中からひとつの選択肢に進む時に、何を考え、何に悩み、どのような行動を取るのでしょうか。不妊当事者が経験する様々な感情やハードルをひとつひとつ丁寧に明らかにしていくことは、現在の日本社会の中に不妊の対応策に関してどのような社会資源が不足しているのか、さらには社会をより自由で生きやすい社会にしていくためには今後どうすればいいのかを考えるための重要な糸口になると思われます。
そこで、私は不妊当事者の方たちが、社会的に存在する複数の選択肢、具体的には不妊治療、子どものいない人生、養子縁組、里親制度の中で、1.なぜその選択肢を選んだのか(=なぜ他の選択肢を選ばなかったのか)、2.不妊の対応策に関して社会に訴えたいことは何かについて、当事者の方たちにインタビュー調査を行い、不妊という経験に関する多様な実態を把握すること試みました。本レポートはそのインタビュー調査の結果報告です。
2.選択肢間の関係性と経路
まず、1.不妊の対応策としてどのような選択肢が社会的に存在しているのか、また2.それらの選択肢間にどのような関係があるのかについて確認しましょう。右の図は医療人類学者の柘植あづみ氏が作成した図です。
図1 女性のライフサイクルにおける不妊治療の位置 出典:(柘植 1999)
現在では、不妊の対応策としては不妊治療が最も一般的でよく知られていると思われますが、図に描かれているように、不妊の対応策には不妊治療以外にも養子縁組、里親、子どものいない人生などがあります。
また、最終的な選択に至るまでには不妊治療を経験するケースと経験しないケースがあります。さらに、不妊治療を経験するケースでは、不妊治療から他の選択肢へ進む「不妊治療→他の選択肢」という順路と他の選択肢から不妊治療に進む「他の選択肢→不妊治療」という順路の2パターンがあります。
選択肢間の関係をまとめると、大きく(1)補完関係、(2)競合関係の2つに分けられます。
(1)補完関係
補完関係は2つ以上の選択肢を併用する場合が当てはまります。不妊治療後に養子縁組をしたり、里親として養育していた子どもと後年になってから養子縁組したりするようなケースです。また、本調査のケースの中には、不妊治療を経験してから他の選択肢へ進む「不妊治療→他の選択肢」という経路の他に、一度他の選択肢を検討してから、不妊治療に進む「他の選択肢→不妊治療」という経路(例えば、子どものいない人生を考えていたが、やはり子どもが欲しいと思い不妊治療を受けたケース)などもありました。さらには「不妊治療→他の選択肢→不妊治療」という経路(不妊治療経験後に養子縁組を考え、さらに養子縁組の難しさから再び不妊治療へ戻ったケース)や、不妊治療と里親登録の手続きを同時に進めるようなケースもあり、実際には多様な経路が存在していることが調査から明らかになりました。
(2)競合関係
競合関係は複数の選択肢のうち一つしか選べない場合が当てはまります。例えば、不妊治療か養子縁組かどちらか一つしか選べない場合があります。不妊治療にも養子縁組にも年齢というタイムリミットがあります。養子縁組は東京都の児童相談所の場合は50歳まで登録できますが、民間のあっせん団体の場合は40歳前後ぐらいまでしか申し込めないところもあります。また、現在では児童相談所で里親登録をする際には養子縁組を希望するか/しないかのどちらかを選択しなければなりません。一つ選んだら他の選択肢がなくなってしまうようなケースも現実には存在します。
3.各選択肢の条件
このように選択肢間が補完関係になるか、競合関係になるかは当事者の状況(上で挙げた年齢の他には、収入、不妊治療による妊娠・出産の確率、不妊治療期間の長さなど)と各選択肢が課している条件に左右されます。
選択肢を選ぶ際に影響を与える条件としては、本人の選好(なぜ子どもを持ちたいのか、どのような子どもを持ちたいのか)、本人の状況(経済的状況、身体的状況など)、人間関係(夫婦間の意見の調整や、親・親族の意見など)もありますが、各制度が課す条件(掛かる金額と期間、年齢制限など)も選択に影響を与える要因になります。そこで、次にそれぞれの選択肢を選択しようとする際にどのような条件が課せられるのかを確認しましょう。ここでは各選択肢の条件を、(1)法律上の条件、(2)運用上の条件に分けて解説します。
(1)法律上の条件
まず、法律上の条件ですが、不妊治療と子どものいない人生はそれを規定する法律が存在しないため、ここでは養子制度と里親制度について確認します。表1にあるように、特別養子制度、普通養子制度、里親制度違いの中で、不妊当事者にとって重要な点は、まず婚姻要件(結婚しているか否か)、そして子どもと法律上の親子になるのか否かという点でしょう。現在では、里親制度の中で運用されている養子制度は基本的に特別養子制度です。また、里親制度では措置解除まで里親手当が支給されますが、養子縁組を希望する里親の場合は養子縁組後に里親手当が支給されません。
(2)運用上の条件
次に運用上の条件について解説します。ここでは、特別養子制度、里親制度、不妊治療について解説します。養子縁組は公的には里親制度の中で運用されているために多少複雑になります。養子のあっせんは1.公的機関(児童相談所)が関与するケース、2.民間のあっせん機関が関与するケース、3.個人(弁護士・産婦人科医等)が関与するケースがあります。1.の公的機関が関与するケースは、里親制度の枠組みの中で、児童相談所が関わるケースです。児童相談所があっせんする養子縁組は基本的に特別養子縁組になります(ただし、里子として育てた子どもと後年になって普通養子縁組で縁組するケースもあります)。そこで、以下には法律の条文には書かれていない、運用の場面で課せられている条件を整理しました。
表2にあるように、運用の場面で課せられる条件として重要なものに年齢と収入などがあります。また、児童相談所を通じて里親や養親になる場合、お金はかかりませんが、民間機関を通じて養親になる場合はあっせんにかかる経費等を支払う必要があります。
なお、児童相談所の担当者やあっせん機関ごとに課している条件(例えば専業主婦でなければならないか否かなど)が異なっている場合があるので、細かい点については当該機関への確認が必要です。