インタビュー2003年6月 掲載 2003年8月(専門家の肩書きは取材当時)
電磁波と発がんの研究-世界の潮流
山崎 洋 先生(関西学院大学教授)
電磁波が発がんもたらすことは確かなことか?
国際機関の評価に各国の研究者はどう影響を受けているか?
超低周波磁界の被曝と小児白血病が生じるメカニズムは?
日本での研究はこれからどうあるべきか?
電磁波の子どもへの影響をどう考えればいいか?
山崎 洋 先生 プロフィール
関西学院大学大学院理学部物理学科卒業後、ワイズマン研究所(イスラエル)
遺伝学教室、コロンビア大学癌研究所、WHO国際がん研究センターを経て、現在、関西学院大学理工学部教授。
生物の細胞の間で行われているコミュニケーション装置の異常から発する癌発生機構の解明をテーマに研究中。
趣味は魚釣りとワインの試飲。
電磁波が発がんもたらすことは確かなことなのでしょうか?
何らかの関連性、その可能性があることはすでに言われています。
米国のナショナル ・トキシコロジー・プログラムという専門家会議では、1998年に最終的な報告書で「発がん性の証拠は弱いがその可能性はある」という評価を下しています。また、WHOの下部組織である国際がん研究機関(IARC)でも、2001年に50〜60ヘルツの極低周波電磁波を「発がん作用をもたらす可能性のあるもの」、「発がんランク2B」としてランク付けすることを発表しました。
そうした国際機関の評価に各国の研究者はどう影響を受けているのでしょうか?
研究そのものは影響をあまり受けていない気がします。
発がん性があると言われている極低周波の電磁波は、非常に微弱で、しかも現代社会では誰でもどこでも常に電磁波にさらされていることから、 電磁波被曝のありなしで比較対照をすることが行いにくく、発がんの原因としての特定も難しい状態です。
動物実験ではっきりつかまえようとすると、特殊な装置と膨大な数の動物を使って実験しなければならないでしょう。
現在、実際に各国で行われているのは「疫学研究」です。調査対象の数をできるだけ大きくしたこの疫学研究を重ねていくことが、電磁波と発がんの関連性を研究する方法としては有力だと思えます。
でも前述のように、発がんの可能性があると示されたからには、そのことのメカニズムを探る研究をさらに進めることは大切でしょう。
高圧線などの超低周波磁界の被曝によって、
小児白血病が生じるメカニズムは分かっているのでしょうか?
まだ分かっていないのが現状です。それが一番大きな問題です。
白血病は100万人に何十人くらいが発症する珍しい病気です。そのわずかであるはずの発症頻度の増加が、電磁波によってもたらされているかもしれないと、現在疫学研究によって疑われています。
それなのに、前に述べたような理由から、電磁波との因果関係のメカ ニズムを実験室で調べることは非常に難しいのです。
しかし、メカニズムを探る研究はこれからやっていくべきものです。今後の研究の方向としては、たとえば遺伝子チップ*などを用いて、細胞内の遺伝子発現に電磁波がどのような影響を与えていくかを細かく見ていくといった方法があるでしょう。
*遺伝子チップ:数千個の遺伝子断片を格子状に貼り付けた郵便切手大のプレートで、膨大な数の遺伝子発現を同時に分析できる
日本での研究はこれからどうあるべきなのでしょうか?
最近になって国立環境研究所が中心になって行なわれた疫学研究では、「子供部屋の平均磁界レベルが4ミリガウス以上で小児白血病のリスクが上昇する」と報告しています。
これは、世界の他の国の研究とほぼ同じ結論を出したということです。白血病の発症率の上がり方が、どの国でもほぼ同じであったという結果がもつ意味は非常に大きい。
この日本での研究は世界保健機構(WHO)の研究プログラムの流れに沿うものですが、そうした国際研究機関が示した一定の成果を受けとめて、先にいったようなメカニズム追求の研究方法を模索しながら、さらに研究が進められてゆくといいと思います。
電磁波の子どもへの影響をどう考えればいいのでしょうか?
電磁波は「弱いけれども影響がある」としたとき、子どもへの影響については特に慎重に配慮していかなければならないでしょう。
しかし、直接子どもへの影響を調べた研究はまだまだ少ないと思われます。
電磁波だけではなく、現代社会では化学物質などとの複合的な影響も想定できるので、そのあたりも考慮しながらしっかりと研究していかねばならないでしょう。