Part.1 埼玉県のIさんご一家を訪ねて
秋田の杉でつくった家で、
自然のリズムで子育て
化学薬品や化学建材を使わず、自然素材のみで家を建てたIさん一家。
光、風、木の呼吸……そんな自然の恵みを取り入れたIさん宅の家づくりと、そこでのナチュラルなライフスタイルを紹介します。
家という形になって呼吸し続ける杉の木
Iさん夫妻の家にbabycomスタッフがお邪魔したのは、7月の特別暑い日。
住宅が建て込む一画に佇むIさんの家は、白い壁と杉の木材が組み合わさった、涼し気な外観で一際目を引いた。
「使われているのは秋田の杉。節もむき出しで、昔ながらの大工さんたちはいやがる材料なんですよ(笑)。でも、うちでは外壁にもリビングにもかまわず使いました。安いし、何よりも本物の木の良さにはかわりないですから」というIさんに招かれて玄関に入ると、思わずほっとひと息つくような清涼感に包まれた。エアコンの冷気では感じ得ないような、木陰と同じような心地よさ。
見れば、壁も床も天井も木肌のまま。ビニールクロスや化学薬品などの仕上げが一切されていないIさんの家は、木が元気に生き続けている。
木がのびのびと呼吸をし、湿気を吸ったり吐いたり…自然の調湿機能が働いているのだろう。素足で床に立つと、合板のフローリングにはない、さらりとした木肌の気持ちよさと温もりがある。
「冬でもさほど冷たくならない」(奥さん)というのも、生きている木ならではのよさだ。
息もできない臭いと目の痛み!
見学にいった新築の家で体験した“シックハウス”
「本物の木の家を建てたい」。家づくりへのIさん夫婦の気持ちはひとつだった。その思いには、ある出来事が背景にあった。夫の両親の家を建て替えて同居しようと考えはじめた頃、近所のモデルハウスを夫婦で見学に行ったときのこと。「その家にあがってすぐに、目が痛くて涙が止まらなくなりました。薬品の臭いが充満していて、息が苦しくて30分といられない。十数年かけてお金を貯めて、こんな家を買うの?となさけない気持ちになって…」と奥さん。
お二人が見学にいった10年程前は、まだ“シックハウス”という言葉もめずらしかった時代。住宅に使われる化学物質の基準値もできていなかった。その後、他のモデルハウスも見に行ったものの、ベニヤにビニールクロスが貼ってあったり…二人には、本物の木の家とは思えなかった。
これをきっかけに“シックハウス”という言葉を強く意識しはじめたという。両親もこれから高齢になるし、自分達も夫婦そろってアレルギー体質…。何よりも、当時、6才と2才になる幼い息子たちの身体のことも気になった。
「小さな子どもはまともに影響を受けるでしょう? 私たち、特別な希望なんてなかった。ただ、家族があたりまえに安心して暮らせる本物の木の家が欲しかったんです」
お金がないと木の家は建てられないの?
そんなとき「モクネット」を知った。使われないまま朽ち果ててゆく国産材が多くなってきた現代で、秋田生まれの杉材を積極的に住宅に使おうというネットワークグループだ。「予算を考えると、木の家を建てるのは無理」とあきらめかけていた夫婦は、そのグループが手掛けた家を見学に行った。
「雨の多い梅雨の時期だったのに、見学先の家はジメジメしていなくてカラッとした空気でとても気持ちがよかった!若い夫婦で赤ちゃんが一人いて…。その時、子どものことを考えるとどんなことがあってもこの家を建てよう!と思いました」と奥さんは堅く決意したという。しかし先立つお金の問題が残る。自分達で悩んでいては始まらない、と思いきって「モクネット」で活動している設計士さんに相談することに。
「コストダウンの方法をたくさん提案してくれました。設計士さんは、総建築費用の10%が報酬となるので、コストダウンは自分の報酬もダウンするということ。なのに、親身になって相談にのってくれたんです」
予算が少ないぶん、
自分達でできることはすべてやった
しかし、予算内で引き受けてくれる工務店が見つからなかった。そんなとき、奥さんがふと思い出した人がいた。「家づくりを考えはじめた頃、ある雑誌を読んでいて、伝統的な家づくりをする大切さについて語っていた大工さんを知りました。それにとても共感して、彼に手紙を書いたんです。いつか私が家を建てるときはお願いしますって」。連絡をすると、即決でOK。木材を組み合わせる、伝統の軸組工法の腕をふるってもらった。

完成したIさんの家には、ボルトもネジもない。木と木が手をつなぐように、きれいに組み合わさっている。
腕をふるったのは職人たちだけではない。Iさん夫妻も建築現場に足しげく通って、木材を担ぎ、毎日の後片付けや掃除をした。最後には、無害の植物性のオイルを取り寄せて、自分達で壁や床を磨き上げたという。床下には防腐剤を塗る代わりに、除湿効果のある粉炭の袋を敷き詰めた。
「大工さん達には後片付けにかける1時間を大工仕事にあててもらって、自分達が後片付けを引き受けた。その分、工事が進むでしょう。設備も自分達で予算に合うものを選び、自分達でそれぞれの業者さんにお金を払った。そのため、予算以上に建築費が膨らむということはありませんでした」
個室はいらない。
時間の限り、家族で交流をしたいから
そんなお話をリビングで聞いている間、すぐ横を3人の子ども達が何度も行き来する。「いってらっしゃい」「おかえり」と親子の間で何度も小さなやりとりがあった。
Iさん宅のリビングは2階。1階はご両親の居室、3階が子ども部屋兼ご主人の書斎になっている。1階からリビングに上がると、階段室や廊下はなく、ダイレクトにリビングへ。そこを通って3階につながるので、必ずリビングにいる家族と顔を合わせることに。3階は仕切りのないワンフロアで、リビングの延長にあるロフト的存在。リビングと子ども部屋は声も気配もすぐに伝わる距離だ。

「最初から個室を与える気はありませんでした。家族で同じ時間を過ごせる時期はほんの数年。限られた時間のなかで、なるべく顔をみて過ごしたいと思って。個室が欲しいなら、早く独立して自分で持てばいいんです(笑)。狭い家を小さく仕切るのも抵抗があったから、我が家はリビングも子ども部屋もワンフロアーです。対面式のキッチンからリビングはひとめで見渡せますから、子どもが小さい時は目を離さずに家事ができてよかったですよ」と奥さん。
キッチンのすぐ横には洗面所と洗濯機が並ぶサニタリー。
ベランダへは数歩で洗濯物を干しに行け、家事動線はきわめてコンパクト。どの床もフラットで、凹凸がないから掃除も楽々とこなせそう。
この家で娘を産んだ。
そうしたいと自然に思えたから
職人達に混ざって汗をかき、木の家づくりをしたIさん夫妻。掃除、洗濯には化学薬品は使わず、環境負荷の少ないものを選んでいるそう。食事もなるべく粗食にして、アレルギーのリスクを避けている。無害で安全な家に暮らしても、化学薬品にあふれた生活をしていては意味がない。そのなかで、どう暮らすか?という姿勢の大切さも忘れてはいけないのだと感じられた。

そうした親の姿を、3人の子どもたちはずっと見て育ってきている。「『携帯電話の電磁波って怖いんだよね』と聞いてきたりしますよ」とIさん。中毒のように携帯を使っている年頃のはずだが、環境負荷や化学物質のリスクに対する意識も自然と身についているのだろう。Iさんの家では成長期の子どもたちに携帯は持たせていない。パソコンもリビングにおいて、使う時間を決めているそうだ。
そんなお話を伺っている間中、後ろで元気に遊んでいたのが今年7才になる末娘のあさちゃん。“本物の木の家”ができてから2年経ったころ、新しく家族に加わったという。
「前に住んでいたところだったら、きっと産もうという気になれなかったかも。この家が完成して暮らしているうちに、もうひとり産もうという気持ちに自然となれた。きっと人間の本能なのかもしれませんね、満足できる“巣”ができたから、という(笑)」
末娘のあさちゃんは、Iさん宅のリビングで家族に見守られながら生まれた。自宅出産をしたいと思わせるほど、居心地よさに溢れたIさん宅。「この家に住んでいて、本当に幸せ!」と輝くような笑顔で奥さんは語ってくれた。
(取材/2004年7月)
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Q.子どもの健やかな成長のために大切にしていること では、さまざまな意見や考えをいただきました。