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Anne -- 2003/02/01 .. | ![]() |
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私は海外に住んでいますが、8年間の不妊治療の末に、昨年アジア人の男の子を養子に迎えました。 私は”母親”になりたくて、母親になる事をあきらめきれず養子を迎えたのですが、羊水検査を受けた結果、子供を堕胎してしまう女性は”母親”になりたい、というよりも”ある意味で所有物としての子供が欲しいんじゃないかしらと、思って皆さんの投稿を読んでいました。 だから「完璧」な子供を望み、出生前検査で異常がみつかると悩んだり、堕胎の処置をしてしまうのでは、と。 これは、私自身8年という歳月を不妊で苦しんだ結果、言える事です。 もし、私が自分で妊娠する事ができ、命を授かれたら、たとえダウウン症であっても産んでいたと思います。実際、主人と話し合い、数年後にもう一人養子を考えていますが、障害を持った子供を迎えても構わない、と意見が一致しております。 障害があってもなくても、命は命。 日本は物質的にはとても恵まれた国です。でも精神的には貧しい国だと思います。 堕胎天国などという汚名を返上してくれる国になって欲しい、もっと命について意識を変えて欲しい、と思うのは私だけでしょうか。 |
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まるまる
-- 2003/02/01.. | ![]() |
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羊水検査うんぬんという話がされていたところで、そういうことを申し上げたかもしれませんね。 そう、私は羊水検査否定派です。どちらかの方も「羊水検査なんていっそなかったらよかったのに・・・」と書かれているように、私もそう思っています。 私は35歳と37歳で子供を出産しましたが、どちらの時も羊水検査はしませんでした。しないことがえらいとかそういうことを言いたいのではなくて、検査の結果が悪かったら、私の気持ちは決まっているから。しなくて、わからなくて産んでしまえば、私も、そして周りの人間も生まれてしまっている命を「絶て」とは言わないですものね。 どこか矛盾しているかもしれませんが、だから私は私の意としない状況でたまたま何かの偶然でおなかの子の障害がわかってしまったら・・・ということだったのです。 | ![]() | |
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さんかく
-- 2003/02/01.. | ![]() |
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私もまるまるさんは正直だと思います。 理想では堕胎はいけないこと、命の尊さを無視するといわれてしまいますがそれもひとるの意見です。 私自身は若いときに中絶の経験があります。そして高齢になってからの妊娠で流産しました。 羊水検査は受けるつもりでしたが悩んでいる私に検査をしなかった友人から非難をうけました。 検査前に流産してしまったのですがその人は直接てきにはいいませんが検査してもし異常があったら産みたくないといっていたばちがあたったというようなことをいわれました。 私の住むアメリカでは養子も多く本当にクリスチャンのかたたちは寛大だと思いますしシングルマザーも日本よりはたくさんいます。でもアメリカ人の女性はやっと中絶の自由を獲得して今また政治てきにも中絶を非難する意見に戦っています。私は中絶はよくないと道徳てきに知っていますがアメリカでは年配の女性、母である女性が女性の権利を唱えています。いちがいに日本を心の貧しい国、アメリカを寛大な国というのもおかしいです。いろんな選択のある今いろんな考えがあって自分の信念にもとずけばいいのであり、他人を非難することはないのではないでしょうか。 | ![]() | |
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くらすぷ
-- 2003/01/29.. | ![]() |
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日本がココロが貧しいとは、確かにご指摘のとおりです。 しかし、欧米諸国と日本との歴史的背景、宗教的背景などを抜きにはこうした精神的土壌を語れないと思うのです。 欧米諸国がボランティアや隣人愛、博愛精神に長けているのはその土壌に主にキリスト教が根ざしており、そうした宗教を身近に感じられてきたればこその結果ともいえると思うのです。 また、国の経済的余裕や、安泰度、治安の良し悪し等も(…と言い切ってしまうのは少々難しいですが)大いに関わってくると思うのです。 戦火激しい国や、国自体がとうてい貧しく運営さえ困難を極める国ではそんなボランティア精神などより自分達が生きる事が大事というのが現実です。 ひるがえって、経済的に豊かで治安的にはかなりの安全度を誇る 日本は古来の宗教を果たして大事にしていますか? 宗教といって悪ければ、道徳をかろんじてませんか? (勘違いして欲しくないのですが、宗教を勧めているのではありません。そういう精神、といいたいのです) そうした普段からの一見関係の無さそうなココロの向上心を促すような事をどんどん無くしていっている現状をほったらかしにしておいて、命の大事さを論じた所で、さあ、明日にでも欧米諸国の彼らのようにボランティアをしようと思う方は果たしてどれだけいらっしゃる事でしょう。 ボランティアは自身を直接拘束される作業というのであれば、募金等の身体を直接関わらない協力の仕方なども多々あると思いますが このサイトで色々命に関して書き込まれている方のどれほどが そうした小さな事でも行っている人がいるでしょうか? もちろん、中にはちゃんと実行されている方もいらっしゃる事でしょう。 私も今は双子を抱えての育児で大変ではありますが、最低限できる事として「おぎゃー献金」(障害を持って生まれてくる子の為の募金)に健診のたびに入れていくようにしました。 しかし、私事ではありますが、最初の子をダウン症ではない染色体異常で出産後亡くしていますので、いずれはそうした福祉の一端を担いたいと考えています。 (というか、この子の死がなければこんな事を考えもしなかったでしょう) また、どなたがが仰って居ましたが、欧米諸国のそうした精神は確かに学ぶべき所がありますが、反面、とても同じキリスト教徒とは思えない様なことを平気で行う国でもあります。 中絶を絶対止めるべきといいつつ、生命の誕生の操作については殆ど普通にやってますよね。ええと、ここで言いたいのは例えば、優秀な精子を買うなど。(優秀な男性とケッコンして子供を産むというのとプロセスは同じかもしれませんが、それがビジネスとして成立してしまうあたり) これらは日本人からしてみれば矛盾もいい所だと感じると言う方が 恐らく多数何じゃないかと思います。 欧米諸国の認めるべきところは認めても、それを全てだと思わないほうが、私はいいと思います。 養子問題にしても色々と隠された問題など、叩けばホコリがでるのです。 目新しい技術には必ずまだ解決していない問題や暗部があります。 しかし、日本もそうした世界の福祉事情を昔より知るようになったのですから積極的に今後は老人介護の問題もあわせて、声を大にして変革していくべき時期なのだと思います。 終わりに、ココで命の重さ云々を正論で唱える方々、日本は精神的に貧しいと仰っている方々。間違ってはいませんけれど、小さな事でも自らも行動を起こして欲しいです。言うだけ言ってご自身がそれを変えていく努力もなければ結局は、あなた方が批判している人たちと同じなのです。 行動が伴なって、初めて見えてくることも色々ありますよ。 | ![]() | |
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kennko
-- 2003/01/29.. | ![]() |
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こんにちは こちらにレスをしてよいのか迷いましたが、こちらにさせていただきました。ANNEさんごめんなさい。 まるまるさんのお考えは、日本の現状そのもののような気がしましたし、そう考えておられる方が多い事も知っています。 ただ、どちらかのスレッドで、羊水検査の際に、「子供を篩にかけるの?」とのレスをされていましたよね。 私の解釈がまちがっていたら、ごめんなさい。 羊水検査は否定で、障害が出生前にわかれば堕胎する・・・気になりました。 最後になりましたが、ANNEさんご一家のご多幸をお祈りいたしております。 | ![]() | |
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haru
-- 2003/01/29.. | ![]() |
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私は両親に養女として育てられました。 血は繋がっていませんが、長く一緒に生活していると不思議と似てくる部分が多くなるものです。 愛情豊かに育ててくれた両親を私も心から愛していますし尊敬しています。 血が繋がっていてもいなくても親子にはなれる、お互いが大切な存在になれる、という事をこの場で一部の方々にお伝えしたくなり、書かせていただきました。 Anneさん、どうぞ素敵な家族を作られて下さいね。 | ![]() | |
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夏ちゃん
-- 2003/01/29.. | ![]() |
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まるまるさんの意見、正直だとは思いますが同じ女性として、人間としてショックです。 そして、その意見に同感される方がいるのもなんだか悲しいです。 Anneさんが言われるように、やはり日本は心が貧しいんだな、と実感させられる投稿でした。 | ![]() | |
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まるまる
-- 2003/01/29.. | ![]() |
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こんにちは。パインさんの言う通りなのかもしれません。本当に私は偏見と差別に偏った人間だと思います。 私は他人任せなところがあるように思います。「赤信号、みんなで渡れば恐くない」なんて古い言葉を思い出してしまいましたが、多数派の意見に流されている人間です。 どこかで「変わらなければいけない」という気持ちもありますが、「このままでも誰に迷惑をかけるじゃなし・・・」(家族は大迷惑しているかもしれないし、もしかしたらどこかで誰かが迷惑しているかもしれませんが、今のところ、そのような話(噂)を耳にしていませんので。両親からも「他人には迷惑をかけるな」と言われ育てられてきました。)という気持ちの方が強いのだと思います。私は前述した通り、楽な道を選んで生きていますから、無理に変わろうと努力することより、「今のままではダメだ」とはっきり誰かの指摘を受けない限り、「ま、このままでもいっか。」なんだです。ほんとうにごめんなさい。 パインさんの言う通りぞっとしますね。私にはすでに子供がいて、子供達にこんな意識や考え方が伝わっていってしまうんですものね。でも、パインさんや他の多くの方も数百年前、いえ数十年前までの先人の方々はもう少し偏った考え方をしていたかもしれません。それが徐々に変わってきているのだと思います。それはきっと何かきっかけがあったのだと思います。私にはそういったきっかけがいまのところ見つからないし、努力しないので変化が遅れているのかも・・・(安易な考え方ですね。ごめんなさい) 最後にパインさんが“「命」を選択したりコントロールすることに躊躇いを覚えない”と認識されたことについて、きっと私が「子供を堕胎することを悩まずにする」と発言したことについて、そう思われたかと思いますが、「悩まない」と「躊躇しない」というのは少し私の気持ちからしたら違うと言っておきたいのです。 「悩まない」と言ったのは「すでに心は決まっている」ということで、「躊躇する」と言う言葉が適切かどうかわかりませんが、自分のおなかの中に宿っている子供のことを思わない母親はいないです。私だって氷のような女に思われているかもしれませんが、きっとその子が私の中から消えてしまうまで、いいえ消えてからもきっと苦しむでしょう。ただ、それでも堕胎はするということです。(一生苦しみ、悲しみや後悔がつきまとうとしてもです。) 「命の重さ」「命の選択」については他のスレッドでもいろいろ論議がなされているようなので私はここでは特に言うことはありません。ただ、今私の生きている環境の中で私の選択でその子の命を奪うことが許されている限り、私は堕胎の方向に進むでしょう。生まれる前の命を軽んじてるとかそういう意味では話は別の次元になってしまいます。ベジタリアンでもない限り、いえ神でもない限り、もしおなかの子を殺す、殺さないで話が混濁するならば、犬や猫、食肉などにされてしまっている動物達の命まで話は及ぶように私は思っているのですから・・・ 幸福感、価値観も人それぞれでしょう。私はそれを人に押し付けようとは思っていません。私は今ここにある私でしかない、ちっぽけな存在です。 | ![]() | |
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kusuko
-- 2003/01/29.. | ![]() |
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こんにちは。 Anneさんの投稿内容からは、ずれてしまうようで申し訳ないのですが、、、 私はまるまるさんの考え方はわかるし、別に恥ずかしいことでもなんでもなく、ある面真実なんだと思います。 でもパインさんのおっしゃることも(多分)わかります。 まるまるさんに伺いたいのは、そういう、ご自分おっしゃるところの「本当のエゴイスト」「こういう人間は生きている資格なんてない?」という「弱い自分」を意識、あるいは自覚している自分を、これからどうしたいと思っていらっしゃるのか。というところです。 これからも「こういう自分なんだから仕方がないじゃん」と思って生きていくのか。それとも「こんな自分に気づいた。少しずつでも自分を変えていけないだろうか。何か小さな事でも、自分にできることはないか」と、思うのか。 私も全然何もできていませんし、全くこんな事を言う資格のない人間です。でも。だからといって、あきらめたくありません。自分の弱さを免罪符にしたくありません。(まるまるさんのことを言ってるんじゃないですよ、念のため) ここでたくさんのすばらしいお母さん(あるいは予備軍)に出会うことができて、自分の小ささを実感しながらも、私も彼女たちのように大きくなりたい、強くなりたいと願います。(もちろん、願ってるだけじゃ駄目ですけども^^;)母になるという経験が、子供嫌いで自分本位な自分を育ててくれるかもしれないという、期待も抱きながら。 | ![]() | |
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パイン
-- 2003/01/28.. | ![]() |
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私はまるまるさんの投稿は怖かったです。 正直、私の家族や知人でなくてよかったと思います。 奇麗事を言うつもりはさらさらありません。障害をもつ子より健常な子供、養子よりも実子というのは、確かに普通の希望でしょう。 けれどそれだけが「幸福」の形と固定した考えを持つことはやがて「偏見」に繋がるのではないでしょうか?また、そのために「命」を選択したりコントロールすることに躊躇いを覚えないというのはいかがなものでしょう?自分の気持ちや幸福の価値観を変えるのは、自分にしかできません。どこどこの誰が……では一生変わりません。まるまるさんの価値観は、やがてお子さんたちにも受け継がれていくわけで、世の中は何も変わりませんね。怖いと思います。 ANNEさんへ こんなこと100も承知でしょうが、家族は血のみで繋がっているわけではないですものね。望んで望まれて、縁あって家族になって。きっとステキな暖かいご家庭になんだろうなぁと思います。 | ![]() | |
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はいみー
-- 2003/01/27.. | ![]() |
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自分のDNAを残したい、と思うのは「種の保存」という本能です。 そしてまた「丈夫で優れた子がほしい」と思うのもまた、「種の保存」という本能でしょう。 どのような子であれ生みたい、という願いも、子が生まれない場合は血のつながらない子を養育したり、芸術家のように何か作品を残したい、などという方向にエネルギーを向けるのもまた、前者の形を変えたものだと思います。後者の場合も、生んだ子が生きのびて、次世代に遺伝子を残せるためにできるだけ有利であってほしいというものです。 「本能」はエゴイスティックなものです。エゴにどちらが優れているも何もないように、どうしたから親として優れているということはないのでは?と私は思っています。 北欧や米国の取り組みが賛美されることがありますが、かつてこれらの国はかなり激しい優生政策を取っていたと聞きました。他の国の経験を学ぶことは賛成ですが、どの国の歴史や政策も、はたけばホコリが出るもの。無条件に特定の国の事情を批判するのは危険だと思います。なお私も中華圏に住んで仕事をしていたことがあるので、孤児を欧米に送り込む「事情」が少しは分かります。 | ![]() | |
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まり
-- 2003/01/27.. | ![]() |
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私も、今は、彼と自分の子供ができたらどんなに良いだろうー!と、治療にがんばっていて、一喜一憂の日々です。でも、将来、どうしてもどうしても、自分たちの子供ができなかったら、私は養子でもいいなあと思っています。彼の遺伝子を残してあげられないのが、申し訳ないんですが・・・。 ただ、今の日本では、なかなか養子に来れる状況の子供が少ないので、実行は難しいかもしれません・・・。 最近、家庭にめぐまれないお子さんがいる施設に、少しお手伝いに行かせていただいたのですが、 無邪気な幼児さん達は、かわいいです。なついてくれて、公園まで手をつないで歩いたら、歌いながらあちらこちらに寄り道をして楽しそうに歩きます。その小さな手をにぎっているうちに、いつか、こんな子が家に来てくれたら良いなあという気持ちになりました。 話題がそれてしまうかもしれませんが、こんな事を考えている人間もいるんだよーということで。 | ![]() | |
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ばいちっち
-- 2003/01/26.. | ![]() |
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まるまるさん、正直な方ですね。と、私は素直に思いました。 私も、まるまるさん派かな?・・・ | ![]() | |
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まるまる
-- 2003/01/26.. | ![]() |
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みなさん、やさしい言葉をありがとうございます。 そして本当に日本人でよかったと思います。Black Pansy の言うように健康で生まれてきても、戦争や飢餓やその環境でとても辛い人生を送らなければならない子供達も多いです。その中で、私は日本に生まれ、そして一般的な幸せを手に入れることができている。ほんとうに恵まれていると思います。 前記述では書きませんでしたが、私も一歩間違えれば障害者となっていました。それは最初の子を産んで2月もしないとき、糖尿病の合併症で網膜症が発症。糖尿病で妊娠3ヶ月ぐらいの時に管理入院したときに、眼科の検査もしておけばそこまで悪化することもなかったのかもしれません。でも、とにかくその時はなにより子供を産むことしか念頭になかったのです。そして乳飲み子をかかえていた状態で私の目は失明寸前にまでになりました。子供は実母に預け、私自身も実家に身を寄せていました。近くに子供の声は聞こえても、母が「お尻が少し赤くなってかぶれている」と教えてくれてもそれを確認できない悲しさがありました。 それでも両目の手術を2度にわけて受け、今では人並みには生活できるようになりました。とても感謝しています。 そしてその後に二人目の子も授かりました。あまりいきむと網膜が破れるか、眼底出血が再び起こるかもしれないという恐怖もありましたが、二人目の時は私よりも子供に影響が出ました。出産時に新生児多呼吸症候群という診断で、呼吸が速く、荒く、肺から酸素を十分に取り込めないのだと言われました。生まれてすぐにSICUに連れていかれて3週間ほど入院することにもなりました。とても悲しくて、ちゃんと産んであげられなかった自分を責めました。苦しい思いをしている我が子を見て励ましてあげることしかできない自分を責めました。3週間で退院でき、今はとても元気で上の子と遊んでいます。 同情してもらおうとかそういう意味で書いたわけではありません。今は絶対に幸せの方にいますから。 ただ、るーさんの言う通り、どこかの本にも書いてあったような気がしますが、人生を通せば幸福と不幸の量は半分半分なのかもしれないのかもしれませんね。感じ方は違うとしても・・・ そんな感じがするのです。 いつも長々と書いてしまってすみません。 | ![]() | |
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Eri
-- 2003/01/26.. | ![]() |
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私も海外に住んでおり、夫はアメリカ人です。子供が出来ないことが分かって夫はすぐに「養子をもらえばいいんだ」と簡単に言いました。本人はやはり子供を育てる経験をしたいと言う思いが強いようですが、私は戸惑いを覚えました。 Anneさんのおっしゃるように海外(特に白人社会)では自分の子がいるにも関わらず養子を育てている人が沢山います。中でも今一番多いのがアジア系の子供です。Anneさんはきちんとした団体から正式な手続きを取ってお子さんを養子に迎えたのだと思いますが、そのような団体であっても実は裏で人身売買が行われているのをご存知ですか。西洋人の子供を養子にすることが難しい現在では所謂発展途上国のアジアの子供を売り買いする現実があります。私はアジアのある国に住んでいますのでそのような事情を知っています。 カンボジア、ミャンマー、山岳民族の子供などがその対象となっています。実際誘拐されて売られる子供もいます。 がしかし、そのような子供達が将来幸せになれるならそれはそれで仕方のないことなのだと思うのも事実です。 子供がいないなら養子をと簡単に言ってしまうのも問題があるかもしれませんが、私はどちらかというと「まるまるさん」と同じ気持ちがあるのでまだまだ養子のことは考える気が起きません。 いずれにしても自分たちが幸せだと思えるような家族でありたいものです。Anneさんはそれを選ぶことが出来て少し羨ましい気もします。どうぞお子さんを大事に育ててあげてください。 | ![]() | |
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Black Pansy
-- 2003/01/26.. | ![]() |
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私の周囲に障害と言えるようなものを持って生きている人は、あまりいませんが、私の実の弟とそのお嫁さんが軽度の障害を持っています。 弟の場合は、生まれつきではなく20代の時に、仕事上で怪我を負った時に、背負ったものです。かたやその反対にお嫁さんの場合、産まれたときから、軽度の脳障害を持っていて、話す時に多少の言語障害があり、ご両親はこの子でも結婚出来るのだろうか? と心配していたと聞きました。 これは私個人の考えですが、障害がある事で日本は、まだまだ社会は差別を受けたり、いじめにあったり、社会から疎外される対象になることが、未だに多くそういう意味では、Anneさんのおっしゃるように精神的に成長しない乏しい国だと私も思います。私が思うに物質的、それから飽食的、など恵まれ過ぎているから、その一方で、その裏で、ものを大切にしなかったり、人の意見を尊重しなかったりと思慮深く考える事がなく、それょを軽んじたりするようになっているのでは? でも、それでも日本は、幸せな国ですよ。なぜなら社会情勢は安定しているし、治安も恐ろしく他の国に比べたら高いし、そして何より平和でしょう。 世の中には、子供を産んでも、国が他国と醜い争いをして財政を全てそれにつぎ込んでいるせいで、産んだ子供さえ養えない。同じ人間として、あまりに差がありすぎる。こんな不条理な事があっていいのでしょうか? 生きていく上で、そして子供を育ていく社会的な補助など整っている素晴らしい国と、日本は必ずしも言えないかもしれないけど、 今の日本は、幸せな国です。 生きていく事、そんな当たり前の事さえ出来ず、危うい危機に立たされている人達が、この世界には存在していて、その人達から比べたら、日本って天国。今の日本に生きて、日本人でいられる事に、感謝しなくてはいけないのだと思います。 | ![]() | |
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匿名希望D
-- 2003/01/26.. | ![]() |
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まるまるさんのご意見ひとつも貧しいとは思いません。私は。人間誰しも苦労したいなんて思わないしみんな自分本位なんじゃないでしょうか。とても正直なまるまるさんのコメントに私は好感が持てました。 | ![]() | |
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るー
-- 2003/01/25.. | ![]() |
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まるまるさんは、とっても正直な方なのだと思いました。 人の一生に与えられる苦労や不幸の「量」って、 皆平等にできてるのかも…、と思うときがあります。 神様のような絶対的な存在が計れば「質」はまちまちなのだけど 人が、それに対して感じる不幸の「量」は一定なのではないかと。 些細な頭痛が我慢できずすぐ鎮痛剤を飲んで楽になる人と、 割れそうな頭痛でも何とか我慢して暮らせる人の間には 頭痛の「質」は違うはずなのに、それがもたらす支障の「量」が 大して差がない(?)ことがあるように… 頭痛なら我慢するが生理痛では鎮痛剤が必要、とか 風邪でも頭痛でも肩こりでも腹痛でも全部お薬大好き、とか 薬はからだによくない、と薬を断つようにしている、とか 薬が人生に必要になる不幸がそもそも殆どなかった、とか 人によってまちまちですよね。 難しいです。。。 | ![]() | |
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まるまる
-- 2003/01/25.. | ![]() |
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お国柄、育つ環境、結ばれる相手、いろいろですよね。私はそう思わずにはいられません。 みんなが幸せになれる天国のような場所はないと思います。 きっと非難を受けてしまうかもしれませんが、あえて言ってしまいます。誰かが傷ついたり、憤慨してしまう文章でもごめんなさい。 私は日本で生まれ、日本で育ちました。38歳です。戦前生まれの両親は一般的に言うところの日本人的な両親です。がんこ親父と苦労症の母、それ以外の何者でもありません。 そんな中で育った私はきっとまだまだ古い、封建制度以前の人間となんら変わらない考えの持ち主なんだと思います。だからやっぱり血縁にはこだわってしまいます。主人もまったく同じ意見の人間です。男は外で働き、女は家庭を守る。地で行っているような家庭です。 主人は長男ですから跡取り問題もありました。(おかげさまで息子2人に恵まれました。)向井亜紀さんを引き合いに出すことは間違っているかもしれませんが、やっぱり絶対に自分たちのDNAを継ぐ者が欲しかったんです。(Anneさんや、そうしたくてもできないでいる人には言えない、言ってはいけない言葉とわかっています。)母親になりたいのではないのかもしれません。ただ結論として女として生まれたので、子供を産んでみたかった。もちろん軽々しく考えて産んだわけではありません。でもそれで授かって、そして母親という居場所に私はいる。とりあえずこの世に命を誕生させたからには権利と責任において子供達を育てている母親です。自分で産んだから育てられる、それくらいの小さな心の人間です。 私は自分本位な人間です。きっとそうです。私はなるべくなら苦労したくありません。いままでも、そしてこれからも一番楽で平坦な道の人生を歩んで行きたいと思っています。だからきっと障害のある子と生まれ出る前にわかったら、悩むこともなく堕胎すると思います。(悩みませんからこのような場所に相談することもないでしょう)苦労して授かった命ではないから簡単に殺せてしまうのかもしれません。「またすぐにできるさ」ぐらいの・・・。でも、それが正直な私の気持ちです。 不妊の治療をされている方には申し訳ないほど、私はたやすく子供を授かることができました。羊水検査はしませんでした。障害のことも頭の中になかったわけではありません。高齢での出産で妊娠前から糖尿病で、妊娠初期に糖尿病だと胎児に障害が出る可能性があることも後々に知りました。(わざわざ姑はそのようなことが書いてある新聞記事を2つも郵送してきました。「大丈夫なのか?」とも聞かれました。)高い費用を払って嫌な選択をしなくてはならないというのも嫌だったという気持ちもありました。それに私の行っていた産婦人科では「検査はしますが、処置はしません」と言われたのも一つの理由かもしれません。また、生まれる前にわかってしまったら悩むまでもなく堕胎を考えますが、生まれてきてしまったら何をおいても守るでしょう。生まれる前の胎児の命を軽んじていると言われてもしかたありませんが、その通りです。 あえて大変な思いをする、私の生きている環境では100%と言えるくらい、自分がいろいろな面で大変な思いをするとわかっていて、それを受け入れることはできません。神の領域では許されないことでも、今、自分のいる場所で許されることならしてしまうと思います。きっと軽蔑されてしまうくらい嫌な人間です。本当のエゴイストです。 こんな人間は生きている資格はないでしょうか?きっと私のような人間がいるから、まだまだ日本はおくれていると言われてしまうのかもしれませんね。ごめんなさい。 極論になってしまいますが、もし日本の皇室やイギリスの王室が血縁を気にしなくなったら、私も気にしなくなれるのかもしれないです。そして重度の障害を持っても、大統領や国王となる人が現れてきたなら、考え方や感じ方もかわると思います。それくらい頑固な古い考えです。すぐに変われないのがお恥ずかしいです。 最後に、本当に気を悪くされてしまった方、本当にごめんなさい。こんなことは別にこの場に書くべきことではないと思う気持ちもあります。でも書かずにはいられなかったのです。 | ![]() | |