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匿名でゴメンください -- 2005/08/08 .. | ![]() |
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そこは何年先かは分らない未来の小学校の教室の休み時間。 そして何気なく交わされる会話。 「そういえば○○ちゃんって天然なの?」 「ううん。私は□□クリニック」 「そっかぁ、だから可愛くて勉強も出来るんだ」 「うん、パパとママが高いコースで頼んだらしくって、すごくいい受精卵が出来た時にママのお腹に戻してもらったたんだって、だからパパとママの子の中で一番の仕上りだから産む事にしたんだって」 「へ〜、そうなんだ、でももしかしたら兄弟いっぱいいたかもしれないのにね…」 「△△君は?」 「僕?ぼくは天然だよ」 「ふ〜ん、だから丈夫なんだぁ△△君って、転んでも気にしないし、あんまり風邪とかもひかないもんね」 「でもちょっと足短くない!?」 「うるせえなぁ、天然なんて今どき珍しいんだスゴイんだぞ!」 「私は☆☆クリニックなんだ、でもママはホントはママじゃなくてお姉ちゃんなの、おばあちゃんの凍結卵子だったんだってママは子供が出来ないから。」 ピピピピピ‥‥! 目覚ましの音で起きるも、なんだか重たい気分の一日でした。 土用のウナギ、天然ものは高価だったし…。 お魚やさんに並ぶお刺身にも養殖/天然表示があるし…。 遺伝子組み換え食物はいっぱい登場。 反してオーガニックがもてはやされもする。 でも人は…………?人の命は? きっといつの時代になっても多数派が当たり前の存在とされるのでしょう。いつか自然妊娠の人間もいなくなってしまうのかもしれないと、そんな風にも思えて恐くもなりました。 新たな命の来訪を待ち望みながらふとその欲求に腰が引けることもある今日この頃です。 |
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匿名でゴメンください
-- 2005/08/08.. | ![]() |
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らんこさんへ 興味深い映画の紹介ありがとうございます。ダカタという映画残念ながら知りませんでした。 デザインベビーであろうがデザインベビーでなかろうが、生を受けたからには『生きる』ことに前向きであってほしいものですね。最近の映画ではアイランドという映画で(これはベビーというより自分の複製を生産するみたいですが…まだ観ていないので詳しくないんですけど)やはり人の命を操作することが取り上げられているようです。 人の手でできる事が増えてしまう分だけ、人の苦悩も増えてしまいそうで恐怖を感じます。 善し悪しの結論はもちろん出ていないんです、私の中でも。 もしかしたらこれも進化(もしくは退化?)の一部なのかと受け止めようとしてみたり。ただなんとなく本能的に回避したいと感じているんだと思います。 | ![]() | |
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らんこ
-- 2005/08/05.. | ![]() |
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こんにちは。なんだか妙にありそうな夢で、よけい夢見が悪かったでしょうね。「ダカタ」という映画はご存知ですか? 近未来が舞台なんですが、命を作ることに関して、とても考えさせられます。 映画の世界ではデザインベビーが普通の世界で、体外受精の卵に操作して、出生後障害となる要因を完全に取り去り、親の望みどおりの資質を備えた「神の子」だけを移植して産むという設定でした。しかし主人公は、たまたま両親が「自然志向」だったために、自然妊娠、自然出産で生まれ、心臓に障害をもつ病弱な落ちこぼれとして育ちます。しかし宇宙飛行士になる夢が捨てられずに、遺伝子的にスーパーエリートな人から遺伝情報を買って大企業に潜り込むというお話でした。 興味深いのは、遺伝子操作され完璧な資質で生まれたはずの人たちが、必ずしも幸せな人生を歩んでいないということです。単に「自然か人工か、どっちがいいか」という話ではなくて、生きるってことはどういう生まれ方にせよ、結局本人の意志と努力そして生きる意欲によって、作られていくことなんだなという印象を受けました。それは生まれてくる子どもだけでなく、既に産まれて生きている大人の私たちにも言えることなのかもしれないです。 この映画を観たのは、ちょうど2回目の流産をした直後で、「なんで私の赤ちゃんは普通に育たないのだろう。自然妊娠ではこの先生きた子を抱けないのではないか」と考えていたときでした。DVDをなぜか偶然夫がレンタルしてきたんです。それも何か意味があったのかなって、今は思えます。だからといって、今自分のなかに結論がでているわけではないですが…とりあえず参考までに。 | ![]() | |