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羊水検査を受ける方・反対する方へ なるまん  -- 2004/06/21 ..
命についての議論がしばしばでますが 普通の心を持った人間なら
命の大切さは 分かっていると思います。
だけど 羊水検査を受ける方がいる。その方々は たいがい 
自分が死んだ後どうなるのか?
障害を持った子どもが 生きにくい世の中!
などの 理由をいう。

「どうしたら 障害を持っていても住みやすい世の中になるか?」

自分に 何ができるのか考え・行動する事が 大切ではないのでしょうか。
私達の周りにいる ダウン症・盲目・車椅子・知的障害・・・
子どもから大人まで 皆が住みやすいよ!! といってくれる世の中になるように 一人一人が 動くべきだと思う。

保育士の仕事をしていて思う事は 親の心の姿勢で 子どもの性格が変わります。
自分の子どもだけではなく 障害を持った子どもを受け入れることのできる親になって欲しい。



ryouさんへ   なるまん
何が正しいのか?   ryou
茶畑さんへ   トマトの気持ち
こころさんの発言に同感です   ちゃん太
なるまんさんへ   茶畑
りりかさんへ   茶畑
ぎどんさんへ   茶畑
トマトの気持さんへ   茶畑
おそくなってしまいました。   トマトの気持ち
知ってください。   なるまん
よく知らなさすぎるのかも    kusuko
趣旨が分かりにくくごめんなさい   なるまん
茶畑さん   ぎどん
茶畑さんへ   カッピー
ぎどんさんへ   茶畑
少々ひねくれたレスをつけたいと思います。   トマトの気持ち
「中絶した人」だけの問題ではない   ぎどん
うんざりしているのは誰?また、こころさんへ   茶畑
たとえば   りりか
人には人の事情があるのでは?   こころ
命が一番。   なおゆうぎ
科学の進歩の二面性って?   茶畑
想像力をもって   たんぽぽ
もっともなご意見です   カッピー
障害児を受け容れられない人は   茶畑
悲しいですね   智子




 

   >>> ryouさんへ なるまん   -- 2004/06/21..
 
正しい答えなんて 無いと思う。。。

大事な事は ryouさんの これからだと思います。
私は 後悔してはいません。
後悔をしたら 娘に申し訳ないから・・・・
心の苦しさは 一生消えないと思うし 娘の為に 苦しさは受け止めていくべきだと思う。
私は 娘たちの母親として 恥じない人間でいたい。
それが 私のするべきことだと思うから・・

私が時々羊水検査について意見するのは 命について 何度も何度も 皆に考えて欲しいからです。

できたら ryouさんも自分のするべき事を見つけ 母親として前を向いて欲しい。
 





   >>> 何が正しいのか? ryou   -- 2004/06/17..
 
いつも羊水検査の話題になると目をそむける事が
出来ません。

私は不妊治療をしていました。
あきらめた時に自然妊娠しました。
しかし、浮腫が見つかりすすめられた検査を受けたら
陽性でした。
当時、検査について罪悪感は全くありませんでした。
数万円で「安心」を買う気持ちでした。
それでも結果までの日々は言葉に出来ません。
(経験のある方なら皆同じだと思います)

結果、子供を諦めました。
子供の将来、私たち夫婦の将来・・・不安だらけでした。
しかし今なら「自分自身の偏見」が大きな理由だと分かります。
後悔をしてはいけない、と言い聞かせています。
今のこの寂しさは、後悔なのか
罪悪感なのか・・・。正直わかりません。

しかし、検査を受ける、受けないを当事者以外の
誰かが意見することはおかしいのではないか、と思います。

以前「障害があると分かっても生むことに決めた。しかし子供には
障害はなかった。今の幸せは産もうとしたことへの
ご褒美だと思う」という事を茶畑さんは他で書かれていましたよね?
ご褒美・・。では諦めた人間には罰が待っているのですか。
障害に対する茶畑さんの考えや言おうとしていることは
分かるのですが、以前の書き込みを読んでから
常に心に嫌なものが引っかかっているような気持ちです。

そして、分かってほしい。
障害が分かってもそれまでと変わらずにお腹の子は
可愛いのです。
愛しているんです。
それでも諦めたのなら本当の愛情じゃない、と思う方も
いるのでしょうか?


 





   >>> 茶畑さんへ トマトの気持ち   -- 2004/06/17..
 
ご質問へのお答え、相当長くなりそうなので、別スレットにて
私なりの考えを書きたいと思っています。
3、4項目になると思います。
長文になるので、お時間をください。
 





   >>> こころさんの発言に同感です ちゃん太   -- 2004/06/17..
 
こころさんの発言に同感です。

羊水検査の結果、”産まない””産めない”選択をした方に対して簡単に批判するのは軽率だと私も思います。

みなさんもご理解されているように、それぞれ環境も価値観も違います。自分と同じ価値観ではないからと批判するのはどうかと思うのです。「なら子供を作らなければいいじゃない」と極論に至るのも私には理解できません.....

また障害児を差別しないと言いながら、自分のお腹の子が羊水検査によって障害児と判明したら堕胎するのか?ともありましたが、周りの障害児を受け入れる事と、自分の子供として育てて行く事は別問題だと思うのは私だけでしょうか......?何を基準に”差別”してるしてないと判断するのでしょうか?

上手く言えませんが、羊水検査に関するスレを見てると検査を受けること自体悪いことなのか??と感じます。

私はこれからトリプルマーカ、結果によっては羊水検査を受ける身なので、ナーバスになっているのかもしれませんが・・・
 





   >>> なるまんさんへ 茶畑   -- 2004/06/17..
 
 なるまんさんが出会ったひとりひとりの障害をもつ子どもたちの話に、胸がきゅんとなりました。
 みんな生きている。助け合って生きていきたい。
 生きていることからすべて始まる。
 悲しみも喜びも、命の輝きも。
 そう、なるまんさんが出合った子ども達、重い障害抱えながら
命を輝かしている。生きているってすばらしいね。うれしいね。
 みんな一緒に生きようね。

 口先だけの私よりなるまさんは実際に子ども達のそばにいる。
 どうぞこれからも子ども達をみつめつづけてあげてください。
 親の他にそういう人って本当に大切です。

 なるまんさんの亡くされたふたつの命はなるまんさんにこれほど愛されて幸せです。もうこれ以上自分を責めないでください。
 頭を上げて胸を張って、ふたりの娘さんのために生きてくださいね。貴女のこころの中に娘さん達は生きて抱かれているでしょう。
 





   >>> りりかさんへ 茶畑   -- 2004/06/17..
 
 だれだって我が子が障害を持つことは望みません。
 妊娠前にそれがかなうとしたらだれだってそう願うでしょう。
 でも障害ある子どもが産まれる可能性は現実です。
 それに向き合える自分でありたいと思っています。
 それだけの覚悟で第一子の出産に臨みました。
 





   >>> ぎどんさんへ 茶畑   -- 2004/06/17..
 
 私の意見をご理解してくださってありがとうございます。
 知的障害の方との結婚についてもう一言。
 日本国憲法か、民法で、結婚は両性の意志に基づくと規定されていたはずです。これだけで何人の結婚も、二人の気持を貫けば、周囲の反対など問題ではありません。

 染色体異常を感知する薬の話ですが、その薬で罪の意識が消えても「命の選別」にちがいはありません。おっしゃるようにそんな薬ができても障害持つ人に住み良い社会となるはずがありません。
 しかし、そんな簡単な薬だったら私も使ってしまうかもと、正直のところふっと思ってしまいました。
 私は中絶を責めているのでしょうか。
 痛いご指摘です。
 でもやっぱりその薬は使いたくない。命ってかわいいですもの。
 私の子どももトリソミーの子どもも同じようにかわいいはずです。

 
 





   >>> トマトの気持さんへ 茶畑   -- 2004/06/17..
 
 障害者を差別しないと言いながら、貴女は何故もし羊水検査で障害があるとわかったら堕胎されるのですか。どうして堕胎されるのですか。

 命の話=羊水検査=障害者の話はちっとも飛躍的ではないと思います。羊水検査の結果次第で命の選択があり、選択されないのは障害ある命なんですもの。

 不妊治療の選別された受精卵も確かに命だと私は思います。
 誰の命もそこから始まったのです。貴女の命も私の命も。
 選別されても命かと問う前に、卵子と精子がおなかの中で受精卵となる・・・そのこと自体に命の神秘さを感じずにいられません。

 京都大学名誉教授で日本の障害児教育理論・実践、発達保障理論の第一人者である田中昌人先生の講演を数年前に聞きましたが、一番最初に受精卵、その分割と生命の発生から始まり、どんなに重い障害で、遅い発達であっても、人間の発達の筋道をたどるのであり、教育はそれを助けるものでなければいけないと説かれ、感銘を受けました。
 先生自身が子どものころは寡黙児であり、周囲から知的に問題があると思われ、特殊学級に入れられるところであったが、丁度転校することになり、
転校先で良い教師に恵まれ、のびのびと教育を受け、自分の道が開けた、だから自分は教育学、障害児教育の道に進んだと語っておられました。
 こんな話まで出すと、トマト・・・さんになんでこんな話をするのってまた書かれちゃいそうですね。
 障害児者を守りたい人がたくさんいることをしってもらいたいのです。
 





   >>> おそくなってしまいました。 トマトの気持ち   -- 2004/06/16..
 
2度目の書き込みをしたのですが、2日待っても載らないので、もう一度書き込みます。内容がだぶってしまったらごめんなさい。

まず、きちんと言わねばと思っています。
なるまんさん、そういうご事情だったのですね。
おつらい体験を書き込みさせてしまったみたいで、思い出す事も厳しいはずなのに...ごめんなさい。
前回の文、語意を少々強めに書いた事、陳謝いたします。
また、それによって不快を感じた方が多々おられたと思います。
それについても、陳謝いたします。

これだけは、きちんとお伝えしたかったので…
(今度はスムーズに載る事を期待して短文にして失礼します)
 





   >>> 知ってください。 なるまん   -- 2004/06/14..
 
障害 という言葉が 一番不特定多数の方に 伝わりやすいと思い障害という言葉を使いました。

夫婦に問題はなくても いろんな子が生まれます。
心臓に欠陥がある赤ちゃんは 両手・両足を縛り 動かないようにします。
喉から呼吸をしている赤ちゃんは 声がでないから 泣いても誰も気がついてくれない。
生まれたときから 闘っている子は 沢山いるのです。

皆に知って欲しいのです。
頭を固定する車椅子があり 頭をきちんと固定しないと気道確保できない子がいること。
ストレッチャーで 散歩する子がいること。
目の上げ下げでしか 意思表示できない子
盲目の方は 空いている席が分からないから 電車やバスで 座れない事。
エレベーターなど 狭い場所では バックやリュックが 車椅子の方の 顔に当たる事。
ささいなことを 皆に知って欲しい。

盲目の方が 困っているようだったら 靴の音をさせて歩いて下さい。近くに 人がいる合図になるから・・・
むやみに 路上に車を止めないでください。車椅子・盲目の方が 困るから・・・
マイレージや 書き損じのはがき・使用済みテレホンカード これらで MAKE-A-WISH の協力ができるます。

大げさな事ではなく 誰でも障害者の方が住みよい社会になるように 努力できると思う。

 





   >>> よく知らなさすぎるのかも kusuko   -- 2004/06/13..
 
なるまんさんのスレッドを読んで、うーんおっしゃりたいことは
わかるけど難しいよな、と思い、ぎどんさんの投稿を
読んで同意しかけた私でしたが、
茶畑さんのレスを読んではっとしました。

私は、知らなさすぎると思いました。
知的障害者の人たちのこと。
そのほか、障害を持っている人たちのこと。
生活、どんな人たちなのか、何を考え日々を送っているのか。

気づかせてくれてありがとう!
またひとつ、目が開かれました。(なんて、今更こんなことを言うのも恥ずかしいのですが、、、)

相手をよく見ず恐れることは、ひとつの罪だと思いました。
いけませんね、、、自戒。
 





   >>> 趣旨が分かりにくくごめんなさい なるまん   -- 2004/06/13..
 
私は 「障害児だったらあきらめる」という考えが 当たり前のように 会話される事がいやなのです。
何も努力せず 生き難い世の中 と世間のせいにして欲しくないのです。

私は 羊水検査というものにすがって 妊娠しました。すがらないと 怖くて前に進めなかった。
結果によっては あきらめる。と決めて妊娠しました。だから お腹の子を 素直に愛せなかった。
お腹の子は どんどん大きくなり 羊水検査の次の日から 元気に暴れまわりました。お腹を蹴るのに 応えてあげれない 苦しかった。
絶対に どんな事があっても産もう と決めたとき 心が楽になり心からお腹の子を愛し・話しかけることができた。
毎日 幸せでした。

羊水検査の結果を聞いた時 私は長女の死んだ時の事で 頭がいっぱいで 気が狂っていました。
長い長い陣痛 これからお腹の子を殺すのです。
身体の痛さと 心の痛さ 罪悪感の長い陣痛でした。
そして 子どもを産みました。
産んだ瞬間 子どもは大丈夫?と 思った自分がいました。
自分で子どもを殺しておきながら 馬鹿な親です。
小さな女の子は ダンボールに入れられました。
長女の為に用意してあった 洋服・玩具と この子の為の花・家族の絵をダンボールに入れ 主人と火葬場に・・・
小さな小さな骨でした。
今 おじいちゃん おばあちゃん お姉ちゃんと お墓にいます
2年前ののことですが 後悔はしていません。でも 心は苦しいです。

羊水検査や お腹の子をあきらめることについては 夫婦の問題かも知れないが 自分の手で お腹の子を殺すということ 殺した後の人生は 長いということを知って欲しい。
子どもを殺す事を 社会のせいには しないで欲しい。

トマトの気持ちさんの言うように 社会の中で生活できない人もいます。が 施設の中が一番幸せでいられる方々を 施設から出し社会に入れようとしている バカな日本社会です。
智子さんが住んでいるような国は 沢山あります。
その国が 当たり前で 日本が(障害者が住みにくい世の中が 当たり前だと思う事)間違えているのではないのでしょうか。

知的障害・身体障害を受け入れる事のできない人間が 心の障害のある子どもを育ててしまうのでは ないのでしょうか。
 





   >>> 茶畑さん ぎどん   -- 2004/06/13..
 
そうですね。ご注意、誠にありがとうございます。非常に申し訳ない気持ちです。障害を持つ方を含むいろいろな方に不快感を与えてしまっていたら、本当に申し訳ありません。心からお詫び申し上げます。茶畑さん、非常に貴重なご指摘を、誠にありがとうございました。

私は「普通の人のほうが怖い」かどうかは全く判りません。普通の方に、とても素敵な方と、普通な方と、ずるかったり人をだまそうとしたりする方がおいでなのと同様、障害者の方にも、とても素敵な方と、普通な方と、ずるかったり人をだまそうとしたりする方と、いろいろいらっしゃいます。おそらく、障害をお持ちでない方が怖い・障害者の方が怖い、ということはなく、障害をお持ちの方もお持ちでない方も、怖い方は怖いですし、怖くない方は怖くないし、その辺りにものすごく差があるような感じを持ったことはありません。個々のケースによって違うと思いますが、茶畑さんは、「障害を持たない方のほうが怖い」という感覚をお持ちなのですね。了解いたしました。

私は、中絶と、「障害を持つ子をいらない」と思う気持ちの問題とは、本当は別な問題だと思っています。例えば、100%の確率で、トリソミーを起こす卵子と精子の組み合わせを感知して、そうした精子と卵子を100%受精させず、逆にトリソミーを起こさない精子と卵子との受精には全く影響を与えない、100%安全な薬があるとしたらどうでしょう。現在、こうしたことは全く考えられませんから、あくまで仮定の話です。この薬を使う場合、中絶という行為は伴いませんから「○○して中絶するのは」とか「命を摘み取るのは」という非難には当てはまりません。胎動を始めた我が子とお別れすることもありません。100%安全ですから、トリソミーを起こさない受精にも問題ありません。でも、その結果出来上がる社会は、トリソミーの方が生活しやすい社会のような気はしません。「羊水検査の結果中絶するのはよくないけれど、こういう薬があるなら使うだろう」というご意見の場合は、実は「中絶」を責めていて、「障害を持つ子はいらない」と思う気持ちはご意見の当事者も持っていることになります。こうしたことまで考えてみないと、自分の気持ちを正面から見つめることはできないし、例えば障害を持つ方が生活しやすい社会に変えていくことmもできないと思います。

自分が実は中絶を責めているのか、それともそうでないのか。その辺りを自覚しないと、こうしたスレッドは発散しやすいと思います。
 





   >>> 茶畑さんへ カッピー   -- 2004/06/13..
 
「羊水検査」について何回か茶畑さんのご意見を読ませていただいています。命の尊さ、障害児に対する世間の偏見等の怒りなど...「羊水検査」するのはそれぞれの家庭の事情によって いたしかたない場合もあるのでは?という意見も時々でていますが そのような意見にたいしても断固反対されていますよね。私は出産はまだ少し先で出産経験も無く 羊水検査は悩んだのですが結局受けませんでした。なぜ受けなかったのかというと せっかく授かった子供なので絶対産みたいという気持ちが強く もし検査をした場合どちらかの結果がでたときに産むとか産まないとか決める自信がなっかたし お恥ずかしい話しですがお腹に針を刺すなんて怖い...そんな気持もありました。また100%流産の危険性が保障されていないということも理由の一つです。出産後もし子供がなんらかの障害が見つかったとしても 自分の子供ですもの愛情持って育てるつもりでいます。でも、出産経験のない私にはまだ現実的に考えられないし自信も全くないというのが正直な気持ちです。茶畑さんが障害児を産むのは簡単、育てるしかないとおっしゃていましたが ぶしつけな質問ですがご自身もそのような経験がおありなのでしょうか?文面を読んでいるととても強く自信のある方なんだなぁという印象を受けました。気を悪くされたらすみません...。
 





   >>> ぎどんさんへ 茶畑   -- 2004/06/12..
 
 身内が知的障害者と結婚する場合やら、知的障害者に庭を浸水されたり大声をあげる知的障害者と電車で隣同士になったらと、知的障害者にマイナスイメージを与える事例ばかりおあげになっています。知的障害者と結婚する場合は、例えばその知的障害の程度によって周囲の反応も違ってくるので、想像で知的障害者との結婚は・・・と論じることができない、してはいけないと思います。
そういうことを話題にするのは人権侵害だと思います。周りがどう思おうと知的障害者にも結婚する権利があるのですから。
 具体的事例があれば我が身に引きつけて考えることができると思いますが。

 私が子どもを預けている保育園には知的障害のお母さんがいます。歳の離れたご主人とどういう結びつきがあったのかはわかりません。詮索する権利は私にはありません。そのお母さんのご両親と娘さんご夫婦とお孫さんで一緒に歩かれているのにお会いしたことがあります。皆さん朗らかに幸せそうでした。お母さんだけでなく
ご主人も時々保育園にお迎えに来ます。
 そのお母さんはとても子どもさんにやさしいです。他のお母さんが子どもに接するよりも。本当に子どもの気持ちがわかるみたい。
 そして保育士がそのお母さんをとても暖かい態度で接しているのです。そういう場面を見るとこっちの心も暖かくなってきます。

 隣近所に迷惑をかける人間って知的障害者より普通の人が多くありませんか。ゴミ出しの日にゴミをばらまいて置く人や、犬の散歩で他人の玄関前に糞を捨てっぱなしのひとなど。近所とのトラブルは普通の変人との間のことが多い。
 電車で知的障害者に声を上げられることより酔っぱらいや、化粧する女性、ヤンキー座りする若者、人目を気にせずべたべたするカップル、高齢者・障害者・小さい子連れに席を譲らない健常者の方が圧倒的に多く、私は知的障碍者よりこういう人たちのほうがおかしく恐いと感じます。

 1度メーデーのデモで知的障害者のグループの隊列の後についたことがあります。大声をあげげんこつをふりまわす障害者がいました。施設の職員が彼を一生懸命押さえつけようとしていました。
 正直言って恐かったです。ただ暴力的な行動が恐かっただけで。メーデーの人目に触れる所に連れてきて返って障害者への偏見を生むだけではないかと一瞬思いましたが、彼がメーデーに出てその存在を世間に知らせるだけでも意味があると思い直しました。
 
 数年前、刃物をもって池袋の通行人を無差別に刺した地方出身の孤独な青年の事件がありました。
 小学校に侵入し、何人も子どもを殺め傷つけた事件がありました。犯人達は知的障害ではなく周囲から普通だと思われる人間でした。普通の人間の方が数の上では事件を起こすことがほとんどです。普通の人のほうがこわいではありませんか。
 





   >>> 少々ひねくれたレスをつけたいと思います。 トマトの気持ち   -- 2004/06/12..
 
命の話から、いきなり羊水検査の話になり、さらに障害者の話になり・・・持論というほど語る事も無く、少々内容が飛躍しすぎかなと、正直なところ思いました。
おっしゃっている趣旨はなんとなくわかるのですが、果たして、どれほどのことをご存知での発言なのだろう?と疑問をもちます。
羊水検査はダウン症だけがわかる検査ではなく、ダウン症=障害者ではなくダウン症は知的障害のうちのひとつであって、障害のあり方のほんのひとつの例にしか過ぎないと思います。

机上の理想論なら、どうにでも言えるのではないでしょうか?
保育士をしていらっしゃるとの事ですが、障害者のということでしょうか?ごくごく普通のということでしょうか?
いろいろな障害のある方と交流があっての発言にはちょっと思えなかったものですから・・・、違っていたらごめんなさいね。

わたしは障害者の方たちを差別するつもりもさげすむつもりもまったく持たないよう努力を心がけて障害を持っている方と交流しています。
その中でも特に気をつけていることがあります。
差別と区別を混同しない事、逆差別をしない事です。
障害を自覚されている方が一番敏感に感じ取る部分です。

それと、もうひとつ現実として捕らえなければいけない事は、社会の中で生活を営めない障害者もいるという事です。
そのボーダーラインの引き方も国々で違っていたりします。

どうしたら 障害を持っていても住みやすい世の中になるか?の問いにはわたしにはこれしか答えが見つかりません。
それ以上の大風呂敷を広げても…かっこいいことをいうのは簡単ですが、無理でしょう?

ご発言の主文がはっきりしていないので、タイトルの羊水検査がメインにいろんな方のレスが着いていますよね?

羊水検査を受ける事に私は賛成です。
そして、その結果堕胎する事に対しても反対はしません。
自分も受けるつもりでしたし、染色体異常がみつかれば、堕胎する覚悟でいましたから。
心の葛藤、それぞれの事情、それは各個人にしか計り知れない事だと思います。堕胎する事に罪の気持ちがまったくないか?といえば、有るに決まっています。だからこその議論にもなっているのでしょう。
堕胎が出来るとされる21週のボーダーライン、週数のいっていない胎児が人間として扱われないという事実。それが重い現実であり、とても大きな法律的なボーダーラインになっている事は間違いないことなのです。
技術的にも羊水検査の行える時期と堕胎可能な時期のすり合わせでぎりぎりのところがありますよね?
堕胎するしないの選択が不可という事になれば、単に新生児が染色体異常が有ることをあらかじめわかり、その子を育てるための知識を妊娠中に得るための期間とする事も可能なはずですよね?

さらに技術が進んで羊水検査より低リスクで同じくらいの正確性を持った検査が妊娠初期に出来るのであれば、罪の意識は少しは軽減されるものなのでしょうか?・・・・
さらにさかのぼれば、羊水検査と話が逸脱してしまいますが、不妊治療の選別された受精卵たちは?・・・・命なのでしょうか??
それともただの細胞なのでしょうか??

もし、羊水検査の是非を問うのなら、科学が進歩していく過程の一つ一つの命を扱うものにも、目を向けNOをいわなければいけない事になりかねません。そのために多くの今有る命が救われる可能性が有ったとしても・…。今ある障害が克服するすべが有ったとしても…

わたしはそういう意味でも、今ある科学技術を是とし、今ある技術を使い、自分という命にとって、ベターな選択を行えるチャンスとして、羊水検査に肯定したいと思っています。

その事が、障害者差別につながると微塵も思えないのです。

こういう議論は感情が不安定な妊娠時期にはどうしても、感情論が先に立ってしまうし、時に個人攻撃になり、個人への反論になり(自己反省も含めて)言葉に女性特有の刺が出始め、揚げ足取りになり....
どうも成り立たないような気がしてきます。

長文失礼しました。




 





   >>> 「中絶した人」だけの問題ではない ぎどん   -- 2004/06/12..
 
こんにちは。なるまんさんのおっしゃる通りだと思います。例えば知的障害者も成人しますから、障害を持った子供だけでなく、全ての「事情が違う人」を受け入れられるような社会にしていくことが大事ですね…。たんぽぽさんも書いていらっしゃるように、羊水検査を受けなかった人も、受けて中絶しなかった人も、やっぱり全員が考えないと、社会を変えられないでしょう。虐待をしている人に「虐待はいけないことです」と説くだけでは虐待はなくならないのと同じように、羊水検査の結果中絶する方を責めるだけでは、社会は変わらないでしょう。

例えば…以前にも書いたことがありますが、ここを訪れている全員が、自分の親や兄弟や子供が、知的障害者と結婚する、と言ったら、心の底から「おめでとう!」と賛成できるでしょうか。うまくいかないことも多い嫁姑関係などに、知的障害という要素が加わっても全く大丈夫、と心から言い切れるでしょうか。もしかしたら、家族として一生面倒を見る可能性があるかもしれないけれど、そのサポートも全然問題なし、と心から言えるでしょうか。もし即座に「はい」と言えないならば、「羊水検査の結果中絶するのはよくないけれど、近親者が知的障害者と結婚するのはイヤ」というゆがんだ価値観が、一体どこから出てくるのか、よく考えてみたほうがいいでしょう。「はい」と言えない人がいる限り、羊水検査の結果中絶する人はいなくならないでしょう。

同じように、近所に住む知的障害の成人の方が、毎日、皆さんの家の庭に入り込んで、庭を水浸しにして遊んでいても、怒らないでいられるでしょうか。電車の中で、大きな声で次の駅の名前を叫ぶ人と隣り合わせても、そこから身を離そうとしないでいられるでしょうか。こうした日常的なことが、一つ一つ、障害者ご本人や、障害者の家族の方を追い詰めていることが多い世の中です。「障害者を受け入れる枠組みを作るのには大賛成だけれど、自分の身近にいる障害者が起こしたことは許せない」というのでは、社会は絶対に変わりません。人を責める前にまず、自分自身のそうした心構えができているのかどうか、社会の全員が問い直さなければならないのだと思います。私自身、羊水検査は受けませんでしたが、自分の中にこうした心構えができているのかどうかは疑問です。こうした自分をまず変えなければいけないのだと思っています。

このフォーラムでも、例えば「男の子はほしくない」とか「思いがけずできた子供だから中絶しようかと考えている」という投稿に対しては、よく「ではその子供を私にください、私が育てます、うらやましいです」という書き込みがつきますが、「羊水検査の結果中絶します」という書き込みに対して「その子供を私が育てます」という書き込みは、私が記憶する限りではお一人しか見たことがありません。そうした差には目をつぶって、羊水検査をした方だけを責めても、社会は変わりません。まず私も含めて社会の全員が、自分の中に本当に差別がないかどうか向き合ってから、社会よりも前に自分を変えようと心がけないといけないのだろうと思います。
 





   >>> うんざりしているのは誰?また、こころさんへ 茶畑   -- 2004/06/11..
 
 この掲示板で羊水検査の是非を論じるのを読むのはうんざりという意見が前にも出ましたが、ご本人がおっしゃっているように、うんざりなら見なきゃいいのです。しかし、常に差別・偏見・好奇・哀れみの視線にさらされている障害児者は我が身を隠すことができません。うんざりしているのは彼らの方です。うんざりどころか、針のむしろに座らされている気持ちでしょう。
 うんざりといって考えないで済ますことは、障害児者を無視することになりませんか。

 また障害児を持つことは簡単ではないと言いますが、簡単ですよ。もし障害児が産まれたら育てるしかないのですから。恵まれた環境にばかり障害児が生まれるわけじゃない。そんなにうまくいくわけないです。その人の環境が恵まれているから障害児を産めるわけじゃないです。その人の「こころ」が恵まれているから産めるのです。
 障害児を産むと、親・兄弟、周囲に影響があるっていうのは、誰を中心にして考えてますか。周囲の都合で産む子どもを決めるのですか。生まれてくる子どもが中心じゃないですか。
 そういう考えだと、健常児が産まれても建前、体面で子育てしそうな気がするんですけれど。「ママ・パパの親・兄弟のためにいい子でいて」って。
 子どもは母親・その家族だけが頑張って育てるものではないです。社会も育てるものだと思います。
 障害児も育てられる社会を作りましょうとこのスレッドは提起されてるんだと思います。
 命を産むこととは、育てることとは何か、根本から考える必要があると思います。
 そういう議論が繰り返されているから、このVOICEは真面目な人達が集まってくるのだと思います。
 





   >>> たとえば りりか   -- 2004/06/11..
 
妊娠したいのにできなくて、死ぬ程欲しくてたまらない人で、
いったい何人の人がこのように祈っているでしょうか。

「障害のある子供でもいいから妊娠したい」と。

妊娠した後で検査し、いろいろ考えたり悩んでいる、というケースでの議論は、感情や個々の事情も混在して議論になりづらいと思います。

羊水検査の結果による堕胎に批判される方でも、妊娠前に希望がかなうとしたら、ダウン症の子を選ぶことはなさらないのでは?

差別を社会の中からなくす事は出来ても、
心の中の意識を消すことはできないと思うのです。
 





   >>> 人には人の事情があるのでは? こころ   -- 2004/06/11..
 
 確かに、日本にはまだまだ根強い偏見があると思います。「どんな人だって同じ人間」という教育は大切だと思います。
だからといって、どんな子でも産むのが当然というのは乱暴ではないですか?そりゃ理想は当然そうだと思います。世界中それが当たり前になればそんなに素晴らしいことはないでしょう。
 しかし、残念ながら今の日本はそうではありません。障害児を持つということはそんな簡単なことではありません。母親一人が頑張ればなんとかなるってものではないのです。自分の親・兄弟・親戚、相手の親戚にもいろいろな影響があります。その影響はいいことばかりではないのです。自分一人の綺麗事や価値観で大切な人達に辛い思いをさせてしまう事もあるのです。

 「障害児でもかまわない、私の子供なのだから」と産める人は恵まれているのです。それだけで幸せな人なのです。産める環境があり、経済力があり、夫以外にも何人もの支援してくれる友人・家族に恵まれた人なのです。

 自分自身はどんな子でも産みたい・愛おしいと思っていても、いろいろな事情で産めない人達もいるのです。

 あまり簡単に批判するのは軽率ではないでしょうか?
 
 





   >>> 命が一番。 なおゆうぎ   -- 2004/06/11..
 
 健康で何事もなく生きているのは、決して当たり前ではなく、また決して位が高いのでもないことだと思います。
その時点での立場が違うだけで、色々なパターンの立場の方がいることこそ、当たり前なことです。

私もまず皆さんにそれをわかって頂きたいと思いました。
他界した息子には、たとえ障害が一生残っても、生きていて欲しかったと思っています。 息子も最後まで生きる意欲の炎を絶やしませんでした。 闘病中の何年間で、普通に幸せと世間から言われている同い年の子供より、何倍も強い大きな人間になっていました。

病院では様々な病気や障害と言われる子供に接してきました。
忍耐力の強さ、優しい心、純粋さ、関心させられることが、度々ありました。 そんな子供たちに尊敬心さえ感じたことも何度もあります。 何事もなく健康で生きている子達が持っていないものを、沢山持っていると思いました。

私は障害などとくくらず、個個の命を尊重できる大人でありたいと
教えられた気がしました。

 





   >>> 科学の進歩の二面性って? 茶畑   -- 2004/06/10..
 
 一方で、凍結精子による体外受精や代理母出産で子どもが産まれる。一方で、マーカー・羊水検査で障害がわかり堕胎される。
 科学って産まれる命にとって良いことなのか悪いことなのか私にはわからなくなってきた。
 また堕胎される障害児がいる一方で、産まれてきて高度先端医療で助かる極小未熟児や心疾患児がいる。おなかの中の胎児が治療を受けることもできるという。
 
 しかし障害や後遺症を残した子ども達を容易に受け入れることのできない社会。
 それらの子どもを不幸と見なす目・目・目・・・
 やめて。そんな目でみるのは。同じ人間です。
 愛し合った男女から産まれた人間です。人間の子は人間です。
 あなたと同じ人間です。 

 科学の進歩は命を産み出すことも消すことも助けることもできる。産む側の私達は科学をどう使うべきか?
 





   >>> 想像力をもって たんぽぽ   -- 2004/06/10..
 
 なるまんさん、こんにちは。
なるまんさんが、二人のお子さんのお母さんとして胸をはって生きておられる姿に敬服します。
 お亡くなりになったとしても、二人のお子さんは、たしかになるまんさんの中で生きておられますし、この世に短い間でもしっかりと足跡を残されたのだと思います。
 
 羊水検査について、様々な議論がありますし、それについて何を言うこともできません。出生前に障害の有無を診断する技術を、人間が手に入れてしまった限り、それを使うなといっても難しいでしょう。

 しかし、たとえば、結婚前に相手に遺伝子診断を求められて、結果が悪ければ結婚はしないと言われたら、たまらないでしょうね。自分だけは、そういう対象にはされたくないという気がします。そんなことはないのでしょうか。
 「わざわざ病気になったり早死にしたりする確率の高い人と結婚する人はいないでしょう。」などと言われたら、やっぱり家族としてはやっていけないでしょう。

 といって、羊水検査をする人を非難しようというわけでもありません。事情は様々ですし、自分自身決して強い人間ではありませんから、何も言えません。
 けれども、実際に障害があろうがなかろうが、一旦自分のお腹の子が障害児であるかもしれないと思ったのなら、それはもう他人の問題ではなくなるのではないでしょうか。
 想像上であれ、一度は障害のある子の「母」となったのですから、それを自分の問題と考えて、せめて、障害があっても精一杯生きられる世の中にするために、できることをすべきではないでしょうか。

 羊水検査をして、その結果が陰性なら、もうその問題については忘れてしまうという姿勢は、認めることができません。

 なるまんさんがおっしゃるように、少しでも、障害があっても生き生きと暮らせる社会にするために、できることはしたいと思っています。
 





   >>> もっともなご意見です カッピー   -- 2004/06/10..
 
そうですね。。。全ての人が住みやすい世の中になってくれたらどんなに良いでしょう。いつだったかテレビでダウン症の子供たちがダンスをすることによって生き生きと生活している内容の番組を見ました。その中である母親が自分が死ぬときは子供も一緒に連れて行きたいと言っていました。やはり親の死後の子供の行く末が心配なのだと思います。ちょうど妊娠がわっかたばかりの私は涙しながらテレビを見ていました。何の涙なのか。。。?可愛そうとかじゃなくて子供たちが頑張っている姿と親御さんたちに感動したのだと思います。それと。。。もしこれから生まれてくる自分の子供が障害を持っていたらどうしようと考えられずにはいられませんでし
た。出産を控えている人は多かれ少なかれ一度は考えてしまうことなのではないでしょうか。どんな子供でも自分が産んだ子供なら可愛いに決まっています。でもやはり健常な子供であって欲しいと望むのは当たり前だと思います。「羊水検査」それぞれ色々な意見がありますが少なくとも受ける人は生半可な気持ちで受けているわけではないと思います。受ける派受けない派それぞれ思うことがあってもこういう掲示板で論じるのは正直うんざりぎみです。だったら見なきゃいいのに(苦笑)なるまんさんが言うように障害を持った子供でも持ってない子供でも自分の子供じゃなくても受け入れる心が持てる親になりたいしなれたら良いなって思います。
 





   >>> 障害児を受け容れられない人は 茶畑   -- 2004/06/09..
 
 障害児であればおなかの子を堕胎する人たちは、きっと今生きている障害児、障害者を差別的な目でみていると思う。
 自分は障害者に、病気にならないと思っているのだろうか。
 健常人はただ運良く健常に産まれただけなのに。運良く交通事故にも病気にもならないだけなのに。
 健常者こそ謙譲者にならなければならい。

 羊水検査を受けることに後ろめたさを感じなくて良い?
 大いに感じて欲しい。命の選別は自然がすること。人間がすることじゃない。それが人種差別や戦争で人を殺すことを肯定することにつながっていく。

 障害があれば人間として得られる幸せの多くが不可能だって?
 なんという傲慢だろう。
 障害があっても誇り高く生きている親子たちがいるのに。
 
 障害をもって産まれた子も
 代理母で産まれた子も
 凍結精子で体外受精で産まれた子も
 シングルマザーで産まれた子も
 みんな人として尊ばれる社会をつくりましょう!
 高齢出産諸君!
 





   >>> 悲しいですね 智子   -- 2004/06/09..
 
私は海外在住なのですが、先日2歳になる息子を連れて動物園へ行ったところ、ちょうどダウン症や知的障害者のグループが見学に来ており、動物を見て興奮したり奇声を上げていたのですが、他のお客さんも特に気にする事はなく、障害者に話しかけられればキチンと答えてあげたり、ごく普通に接していました。(私の住んでいる国ではけっこう当たり前の光景です)
ところがそこへ日本からの観光客団体が入ってきて、その中に小学校低学年の男の子がいたのですが、母親に向かって「変な人達がいる、気持ち悪いよ」と訴えたのです。するとその母親が「側へ行っちゃ駄目、気持ち悪いから早く行きましょう」と男の子を連れ去ったのですが、同じ団体で来ていた中年の男性までもが「側へ行くと移るぞ〜」と子供を脅していたのを見て私は強い怒りと悲しみの入り混じった気持ちになり、こういう大人がいるから日本は障害者が住みにくい国なのだろうと改めて感じました。

社会の偏見があるから障害を持った本人はもちろんその家族も孤立して障害があること=惨めな事だと思い込んでしまう。
それ故に障害児を持つ事へ強い拒否反応を示してしまう人が出てくるのではないでしょうか。

確かに障害を持つ子供を育てていくのは想像を絶する苦労もあると思いますが、どんな障害があるにしろ「我が子」には変わりないし、「生きる為」に宿った大切な命だと思います。

羊水検査結果の判断はそれぞれの事情や考え方の違いもあるので一概に良し悪しは言えませんが、全ての障害が分かるわけでもないこの検査に、何故これほど過敏反応しなければいけないのか疑問に思うのと同時に、なぜ障害も含めて自分の子供を愛そうと思える事ができないのかと悲しくなります。

なるまんさんのおっしゃる様に、まずは「障害者にも住みやすい環境」を作る事が今の社会の課題なのだと私も感じています。

まとまりのない文で失礼しました。