出生前検査について今あらためて考えるPart1
1.はじめに
2012年8月下旬 より、「新型出生前検査」の臨床応用が日本で開始されることが、様々な媒体を通して広く報道された。以来、一般誌等でも「出生前検査」に関する記事をしばしば目にするようになった。新型出生前検査の登場は、「出生前検査」についてあらためて社会で検討するきっかけとなっていると言えるだろう。しかし、出生前検査の技術は既に約半世紀社会に存在し続けている。新型出生前検査は、ここにどのような課題を付け加えるものなのだろうか。そして、これから私たちは何について論じていけばよいのだろうか。ここでは、考えるためのきっかけとして、先日開催された市民講座での議論を踏まえながら、発表の内容を改訂して、二回に分けて紹介したい。
2.「新型出生前検査」とは
まず「新型出生前検査」について簡単に解説しておきたい。
現在「新型出生前検査」と呼ばれているものは、妊婦の血液中に存在するDNA断片の量を測定し、胎児の染色体の数の異常を検出する検査技術である。
DNAとは、生物の遺伝情報をつかさどる物質で、通常、ヒトを含む真核生物では細胞の核内に折り畳まれた長い紐のような状態で存在している。しかし細胞が分裂する時、長いDNAの紐は切断され短いDNAの断片となる。私たちの血液中にはこのDNA断片が常に浮遊している。妊婦の血液中には、妊婦自身のDNA断片の他に、胎盤を通して伝達された胎児のDNA断片が存在する。このことは1997年にLo等 によって発表された。
Lo等によれば、妊婦の血液中の胎児のDNA断片は、妊娠4週目には認めることができるようになり、その量は妊娠後期まで徐々に増加し、出生後数時間の後に消滅する。妊婦の血液中には、他にも様々な胎児の細胞が含まれている。中には生後10年間も母体内に存在し続ける細胞もある。こうした細胞の核からDNAを抽出して解析に用いる診断法も研究されているが、未だ臨床応用には至っていない。今話題となっているのは、DNAの断片を用いた検査法で、2011年の10月に米国の企業が提供を開始すると発表し、現在米国を中心に各国の企業から提供がはじまっている。
さて、妊婦の血液中に胎児のDNA断片が存在することを利用する出生前検査には2種類ある。ひとつは妊婦の血液中から、胎児のDNA断片だけを取り出して、これを解析する方法である。しかし実は、検出したDNA断片が妊婦に由来するのか胎児に由来するのかが明らかな場合は少ない。確実に胎児に由来するとわかるのは、Y染色体に属するDNA断片の場合のみである。
先ほど、DNAは細胞の核内に折り畳まれた長い紐のような状態で存在すると述べた。長いDNAの紐は、ヒストンという物質と結合して折り畳まれて、染色体を形成している。染色体はいわばDNAを収める箱である。この染色体の箱には、いくつかの種類があり、DNA断片はそれぞれ所属する箱が決まっている。ヒトの場合、常染色体22種類と性別を決定する性染色体の計23種類の染色体の箱を持っている。
Y染色体は男性の性染色体である。したがって、妊婦の血液中にY染色体に属するDNA断片が発見された場合、それは男児である胎児に由来するものであることがわかる。これを利用して胎児の性別を確認することができる。母親が男児にのみ発症するX染色体劣性遺伝の遺伝子の保因者であった場合、胎児の性別を知ることは、胎児の遺伝子疾患を知ることにもつながる。
一方、検出するDNA断片が妊婦由来か胎児由来かを問題としない技術も存在する。この技術では、妊婦と胎児のDNA断片を合わせた量を測定する。
染色体は通常1種類につき2本で形成されるが、3本以上や1本で形成される種類が存在する場合がある。染色体の本数が多いとその染色体に属するDNA断片の量は増え、少ないと減る。この原理を利用すると、DNA断片の量を測定することで、胎児に染色体の数の異常のあることがわかる。
現在「新型出生前検査」と呼ばれているのは、後者、DNA断片の量を測定する検査技術である。検査対象は染色体21番、18番、13番のトリソミー。トリソミーとは、染色体が3本あることを意味する。
3.「新型出生前検査」の特徴
その他の「出生前検査」の中での、「新型出生前検査」の特徴は何だろうか。出生前検査は大きくは二つの基準によって分類される。一つは、身体に与える危害の大きさで、もう一つは検査結果の確定性である。今のところ、身体への危害の度合いが大きい「侵襲的検査」は、同時に検査結果によって確定的な診断が可能になる「診断検査」でもある。ここには、羊水検査と絨毛検査が含まれる。一方、身体への危害の度合いが少ない「非侵襲的検査」には、検査の結果で確定的な診断に至るものと、至らないものとがある。確定的診断に至る技術として、一般にエコーと呼ばれる超音波画像診断法があり、胎児の身体の形の異常を特定するのに用いられる。しかし、言うまでもなく画像を用いたこの技術では、遺伝子や染色体の異常を診断することはできない。胎児にいくつかの形態の異常が認められる時には、遺伝子や染色体の異常を疑う場合もある。これらの異常の検知は確定診断に至らない『予測的検査』に分類することができる。 また、超音波画像診断法は、形態異常の発見だけでなく、染色体異常を予測することを本来の目的とした検査としても用いられる。Nuchal Translucency(NT)と呼ばれる。また、「非侵襲的」な「予測的検査」の方法としては、他に、母体血清マーカー検査がある。これは、妊婦の血液中に存在する特定の蛋白やホルモンの量から、胎児に開放性神経管奇形、胎児腹壁破裂、21番染色体トリソミー、18番染色体トリソミーがある確率を算出する検査である。
これらの分類では、妊婦の血液中に含まれるDNA断片の量を測定する「新型出生前検査」は、「非侵襲的予測的検査」に分類される。発表された当初は、陽性的中率(detection rate)が99%であったために、身体への危害の度合いが少ない手法でありながら、ほぼ確定的な診断を可能にする技術として注目を集めた。しかし実際には、この検査は母体血清マーカー検査と同じく、統計解析に基づく「予測的検査」である。
「予測的検査」の一番の特徴は、偽陽性が存在するということだ。偽陽性とは、染色体の数に異常がある胎児を妊娠している人の中で、この検査を受けて「陽性」と判定されることだ。2011年にPalomaki等 が発表した論文では、21番染色体のトリソミーを対象とする場合の偽陽性の割合は0.1%だった。人口の中での21番染色体トリソミーを持つ人と持たない人の割合は、約1:1000である。この検査の陽性的中率、すなわち21番染色体トリソミーを持つ胎児を妊娠している人の中で、この検査を受けて「陽性」と判定される人の割合は99%である。したがって、この検査を受けて「陽性」となる人の中で、胎児が21番染色体トリソミーを持つ人と持たない人の割合は、
1×99%:1000×0.1% = 0.99:1
となる。つまり、妊婦全体にこの検査を提供した場合、検査を受けて陽性となる人のうち、実際に染色体21番のトリソミーのある胎児を妊娠している人は約半数となる。染色体21番のトリソミーの場合、妊婦の年齢が高くなる程発症率が高くなることがわかっている。したがって、妊婦の年齢が高い場合、検査を受けて「陽性」となる人の中で、胎児が21番染色体トリソミーを持つ人の割合が高くなる。たとえば、先ほどの陽性的中率と偽陽性率を、発症率1:100の群に当てはめてみよう。
1X99%:100X0.1% = 0.99:0.1
この場合、検査が陽性の人のうち、染色体21番トリソミーのある胎児を実際に妊娠している人は約90%となる。ただし、この点は、今後、各年齢ごとのデータが蓄積されることで是正される可能性もある。ここからも、この検査が「予測的検査」として扱われるべきものであることが分かる。
では、既存の予測的出生前検査と比べた時の「新型出生前検査」の特徴は何だろうか。
図1: Sequenom社が提供しているMaterniT21の検査結果報告見本
まず言えることは、検査時期が早いということだろう。母体血清マーカー検査が行なわれるのが14週以降であるのに対して、「新型出生前検査」は10週から行なうことができる。つまり既存の検査に比べて1ヶ月早く行なうことが可能である。また、検査結果の提示のされ方も異なっている。母体血清マーカー検査の場合、測定する物質の量に応じた発症確率が示され、場合によって「陽性」と「陰性」を定義する基準は変化し得る。一方、「新型出生前検査」の場合には、あらかじめ「陽性」と「陰性」を分類するDNA断片の量の基準値が定義されている。結果は、「陽性」か「陰性」でしか示されない。(図1参照)したがって、母体血清マーカーの場合に生じる「確率的に示される結果をどう理解するか」という問題は、今のところ「新型出生前検査」にはない。加えて、「新型出生前検査」が対象とするのは、特定の染色体の数の異常に限られる。
まとめると、「予測的検査」としての「新型出生前検査」の特徴は、早くに実施できること、結果が単純に示されること、そして染色体の数の異常を対象としていることの三つにあると言えるだろう。